"昭和38年、つなぐなと言われた救急電話" 第1話
午分
「県病院へお願いします。至急です」
昭381112、午1143分。
野県のあいにある奥沢町では、朝からり続いたが夜になってさらにくなっていた。話交換所の古い枠の窓はが吹くたびに細かく震え、の向こうでが鳴ると、暗い内の蛍灯まで瞬くなったように見えた。
宮坂澄子は受話器をへ押し当てた。
「奥沢診療所ですね。県病院ですね?」
「そうです。科へ。いや、当直なら誰でもいい。くお願いします」
話の向こうにいる藤沢医師の声は、澄子がこれまで度も聞いたことがないほど切迫していた。
藤沢孝、62歳。
町で以診療所を守ってきた医師で、老から赤ん坊まで、奥沢のなら度は世話になったことがあると言われる物だった。普段は声を荒らげることなどなく、交換所へ話を入れるも必ず「夜分すみません」と置きする。
その藤沢が、今夜は挨拶すら忘れていた。
「患者さんですか?」
澄子が尋ねる。
「歳の男の子です」
奥で誰かが属の器具をかす音がした。
「血が止まりません。こちらではに負えない。輸血も必になる。頼みます、がないんです」
「分かりました」
澄子は回線を確認した。
町内の話のくは、まだ交換所を通じてつなぐ方式だった。
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受話器をげると交換へ呼びしが入り、相先を聞いて、交換台のコードを差し替える。へる回線はさらに数がなく、やの夜には故障も珍しくなかった。
だがその、県病院方面へられる回線は本空いていた。
澄子は迷わずコードへを伸ばした。
そのを、背から別のが押さえた。
「待て」
い声だった。
振り返る。
夜勤責任者の原蔵主任がっていた。
歳。
交換所で以働き、町の誰より話回線に詳しい男だった。若い交換たちは皆、原のでは背筋を伸ばした。澄子も入所した歳の頃から、仕事をから教わっている。
「主任?」
「その話は回しにしろ」
澄子はが分からなかった。
「救急です」
「分かってる」
「では、すぐ――」
「つなぐな」
原はコードからをさなかった。
話の向こうから藤沢の声がする。
「交換さん? どうしました?」
澄子は受話器を握った。
「々お待ちください」
「待てないんです!」
その言葉に、原の眉がいた。
「宮坂」
「はい」
「切れ」
澄子は主任を見つめた。
「……どうしてですか」
「の事で事故があった」
「では、なおさら病院へ」
「今つないだら話がきくなる」
澄子には、何を言われているのか分からなかった。
「話がきくなるって……患者さんがいるんでしょう?」
原の声がさらにくなった。
「余計なことは考えるな」
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「でも――」
「これは命令だ」
話で藤沢が叫んだ。
「交換さん! まだ息があるんです!」
澄子の指がく。
原のが再びそれを押さえた。
今度は痛いほどかった。
「つなぐなと言った」
「主任」
「おは族を養ってるんだろう」
突然そう言われ、澄子の体が固まった。
父がくなったのは、澄子が歳のだった。
母の千代は体が丈夫ではなく、弟の浩はまだ。澄子が交換所の料を失えば、の暮らしはたちまちちかなくなる。
原はそれをっている。
だからこそ、その言が何をするのかも分かった。
「聞かれたことだけをやれ」
藤沢の呼びかけが続いていた。
「お願いします」
「……」
「く病院へ」
音。
交換台のさな作音。
くの。
そのすべてのから、の医師の声だけが澄子のへ刺さり続けた。
「まだ助かるんです」
澄子はコードを握った。
それでも差し込めなかった。
数分、度呼びしは切れた。
しかし午1149分。
奥沢診療所から再び信号が入った。
「県病院をお願いします!」
原は首を横に振った。
そして度目。
午1155分。
藤沢の声は最初より掠れていた。
「頼む。せめて科へ相談だけでもさせてくれ」
澄子はちがった。
「主任、私が責任を取ります」
原の顔が変わった。
「座れ」
「がぬかもしれないんです」
「座れ!」
交換所ので、原が初めて声を荒らげた。
隣の席にいた交換の瀬妙子まで振り返った。
原はすぐ声を落とした。
「配盤の様子がおかしい。裏を見てこい」
「今ですか?」
「今だ」
「でも診療所が――」
「俺が見ている」
澄子はかなかった。
原が真正面から見た。
「宮坂。命令違反にするぞ」
午1157分。
澄子は仕方なく席をれた。
裏の械へ入る。
配盤には何の異常もなかった。
針も正常。
焦げた匂いもない。
澄子は胸騒ぎを覚え、、分で交換へ戻った。
原は自分の席にいた。
「診療所から話は?」
「ない」
「本当に?」
「なかった」
午零を過ぎた。
診療所からの呼びしは来なくなった。
澄子は何度も交換台を見た。
呼灯は沈黙したままだった。
それなのにの奥では、藤沢の声だけがいつまでも続いていた。
――まだ息があるんです。
翌朝、その声の主が誰を助けようとしていたのかを、澄子は聞でることになる。
そして聞には、昨夜自分が聞いたとはまったく違う刻がかれていた。
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