"昭和38年、つなぐなと言われた救急電話" 第13話
原主任の告
原蔵が交換所からされたのは、調査始から週だった。
正式な処分が決まったわけではない。
「調査のため自宅待」
そう説された。
最の。
原は机の引きしから私物をしていた。
澄子は廊を通り過ぎようとした。
「宮坂」
呼び止められた。
振り返る。
原は以よりさく見えた。
「し話せ」
誰もいない休憩。
で向かいった。
「満か」
最初の言葉がそれだった。
澄子は答えなかった。
「敏夫も調べられてる。会社も事止だ」
「私が事故を起こしたんじゃありません」
「分かってる」
「話を止めたのも私じゃない」
原の元が歪んだ。
「おは俺が全部悪いとってるか」
「なくとも、あの話を止めました」
「そうだ」
初めて。
原が認めた。
澄子は息を止めた。
「藤沢先から回、病院へつなげと言われた」
「ああ」
「警察への話も?」
「俺が受けた」
「なぜ」
原は窓のを見た。
「敏夫から話が来た」
事故の直。
息子は震えていたという。
発破のが規則だった。
退避確認がりなかった。
勝雄が傷。
会社の所から、
「へ話を広げるな」
と言われた。
「親父、しだけをくれ」
敏夫はそう頼んだ。
「何のですか」
「会社が話をまとめるだ」
「そのに勝雄君はんだ」
原の目が閉じる。
「分かってる」
「分かってない」
澄子は初めて主任へ声を荒らげた。
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「話の向こうで先が言ってたんです。まだ息があるって」
「聞いた」
「それでも止めた」
「聞いた!」
原も声をげた。
「俺だって聞いた!」
沈黙。
原の肩ががる。
「回目は……分くらいならとった」
澄子はかなかった。
「会社が事故の理をして、そのつなげばいいと」
回目。
まだ待てと言われた。
回目。
もう引けなくなった。
度止めた。
次も止めた。
警察も止めた。
「あのは、数分だとった」
原はを見た。
「数分なら結果は変わらんと自分に言い聞かせた」
「以です」
「分かってる」
「丸さんのまで止めました」
原の顔ががった。
「それは俺じゃない」
「敏夫です」
「……」
「主任はってたんですか」
しばらくして、原が首を横に振った。
「でった」
初めて原の顔に本物の苦しさが見えた。
息子を守ろうとした父。
その結果。
息子はさらにく事故隠しへ入った。
「報告で私に責任を押しつけたのは?」
原は何も言わない。
「それも息子のため?」
「違う」
「じゃあ何ですか」
「俺自のためだ」
澄子は黙った。
そこだけは、言い訳しなかった。
「おに責任を負わせれば、俺が話を止めたことはない」
「……」
「最だとうか」
澄子はすぐには答えなかった。
「います」
原はさく笑った。
「そうだな」
ちがる。
扉ので度止まった。
「宮坂」
「はい」
「あの報告には署名するな」
「しません」
「俺がいた」
原は部をた。
それが澄子が交換所で彼を見た最になった。
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