みかん小説
本棚

"路線バスで来た父を笑った婚約者一家の誤算" 第8話

母のと決断の話

自宅の留所に到着したのは、午分だった。 バスをりる際、野は美咲の目を真っ直ぐに見つめ、子を取って々とをげた。 「お着物、とてもお綺麗ですよ。……どうぞ、お気をつけて」 美咲は赤く腫らした目のまま、さく「ありがとうございました」とをげた。

玄関をけると、朝にてた線の残りが、を静かに迎えてくれた。 美咲は着物を脱ぐのももどかしく、真っ直ぐに仏へと向かった。 位牌のに正座し、鉦(かね)を鳴らして、々とをわせる。 「お母さん、ごめんね……。せっかく誂えてくれた綺麗な着物、こんなに着ちゃって……」 背を震わせて嗚咽する娘の姿を、庄は襖のから、胸を締め付けられるいで見つめていた。

美咲が自で普段着のセーターに着替えているに、庄は台所でく湯を沸かした。 朝の残りのご飯をお椀によそい、自製の梅干しと刻み苔を乗せて、い緑茶を注ぐ。 そして、持ち帰ってきた藤の呂敷を解き、桐箱から取りした栗蒸し羊羹を、包丁で丁寧に切れ切り分けた。 を皿に乗せ、仏壇へ供える。 「かず子、おの好物だ。あっちの親にはいらんと言われたよ。おかげで、俺たちでべられる」

茶のに戻ってきた美咲は、父の作ったお茶漬けをすすると、「……美しい」

広告

と呟いて、張り詰めていた肩の力を抜いた。 「ただの茶漬けだよ」 「料亭のご馳なんかより、ずっと美しいよ」 に羊羹をに運んだ美咲は、ハッと目を見いた。 「これ……お母さんがよく買ってきてくれた、松堂さんの……?」 「そうだ。女将さんがおによろしくと言っていたぞ。昔、見たらし団子を本だけ買いに来ていた頃を覚えていてな」 美咲の顔に、今初めての本当の笑顔が浮かんだ。泣き笑いのような、だが柔らかなを取り戻した笑顔だった。

午、美咲は疲労困憊した様子で、昔の自分の部のベッドでのように眠った。 庄は縁側に腰をろし、の柔らかな陽射しを浴びる犀のを眺めながら、静かにを過ごした。 夕暮れ、の空が鮮やかな茜に染まる頃、美咲が起きてきた。 そのには、着信をらせるランプが激しく点滅するスマートフォンが握られていた。

「……健さんから、回以も着信が入ってた」 「何と言っている?」 「『父が取り乱して倒れそうになっている。今すぐで謝罪に来てくれ。僕がに入って取りなすから、結婚の話を元に戻そう』って」 庄は何も言わなかった。 美咲はしばらく画面を見つめていたが、やがて顔をげた、その瞳からは迷いが完全に消えっていた。

「お父さん。私、自分で話する。……お父さんは、何も言わないで」

広告

「分かった」 庄はちがり、台所へ向かった。娘ののな決断を、親が横から挟む無粋はしたくなかった。 蔵庫から卵をつ取りす。甘い卵焼きは、美咲の何よりの好物だった。 運会のも、護学の受験のも、かず子が台所の壁に貼った黄いメモの通りに焼いていた、あの。

台所から、美咲の凛とした声が聞こえてきた。 『健さん、私です。……謝罪にはきません。私の父は、謝らなければならないことなど、何つしていませんから』 フライパンに油を引き、溶き卵を流し込む。ジューというよい音がちる。 『父を「乞」と侮辱された、あなたは黙ってお茶をんでいました。そして今も、私に「謝れ」と言っている。……私は、自分の親を笑うようなたちのには入れません。護師の仕事も辞めません。……婚約は破棄してください。指輪は、留で送り返します』

ガチャリと話が切れる音がした。 庄はし焦げ目のついた卵焼きを皿に盛り、茶のへ運んだ。 美咲は話を伏せ、れやかな顔で座っていた。 「お父さん、焼いてくれたの?」 「ああ。し形はいびつだがな」 美咲は箸を取り、切れをに含んだ。 「……お母さんのより、し甘さがりないかな。でも、すごく美しい」 美咲の目から、ぽろりと筋の涙がこぼれたが、今度はその唇がしっかりと微笑んでいた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: