"義母に突き落とされたので、離婚します" 第3話
元刑事の父との弾薬
夜。面会を遥かに過ぎた病のドアが、音もなく静かにいた。
入ってきたのは、仕ての古いトレンチコートを着た初老の男だった。鋭い、引き締まった元。さつきの実父であり、昨まで県警の捜査課で警部補を務めていた森川敬語(けいご)だった。
ベッドに横たわる娘の痛々しい姿——ギプスで固められた腕、包帯の巻かれた部を目にした瞬、敬語の眉が瞬だけピクリといた。しかし、元ベテラン刑事である男は取り乱して泣き叫ぶような真似は決してしなかった。
「……来たぞ、さつき」
く、鳴りのような声だった。
「お父さん……夜分に、ごめんなさい」
「謝るな。話をもらって、すぐにんできた」
敬語はコートを脱ぎ、鞄のから黒いレフカメラを取りした。無言のまま、娘のベッドサイドへ歩み寄る。
カシャ、カシャ、カシャ。
病の静寂を切り裂くように、無質なシャッター音が規則正しく響いた。腕の自然な骨折の角度、額の裂傷、そして背に残る鬱血したのひらの形の圧迫痕。敬語はを完全に押し殺し、現検証の鑑識官のように徹にシャッターを切り続けた。
「赤医師から話は聞いた。……切迫流産だったそうだな」
「うん。……でも、赤ちゃんはきてる。守れたの」
さつきの言葉に、敬語のが瞬だけ止まった。
広告
「よく守った。……、おがであので耐えてきたこと、親として気づいてやれずにすまなかった」
「ううん。私が隠していたの。お父さんに配をかけたくなかったから。……でもね、お父さん。私、ただ耐えていただけじゃないの」
さつきはサイドテーブルの引きしを顎で指した。敬語が引きしをけると、そこにはさ数センチに及ぶ、季の入ったノートが冊、然と並べられていた。
敬語が最初の冊をく。
『〇 午。義母より夕の噌汁に洗剤が混入されていたと因縁をつけられ、から汁を浴びせられる。夫・孝志はリビングでテレビを見ながら「おが鈍くさいからだ」と笑う』
『〇 階段の踊りで義母にを引っかけられ転倒。膝に全治週の打撲。病院の領収・診断添付』
『〇 夫のスーツのポケットから級宝飾の領収(相:井レナ名義のカルティエ)を発見。写真撮済み』
、も欠かすことなく記録された、詳細を極める虐待とモラハラの記録。付、刻、具体な発言、目撃した状況、そして医療関の診断や写真のネガが、完璧な証拠能力を持つ形でファイリングされていた。
「これだけのものを……おはで……」
、凶悪犯罪の捜査記録を見てきた敬語の目が、驚嘆と痛ましさに見かれた。
広告
「いつか、逃げすのために。そのが来たら、絶対に言い逃れさせないために、ずっと集めていたの」
さつきの瞳に、静かな炎が宿っていた。
「お父さん、例の件は確認できた?」
「ああ。管理会社に警察帳を見せて、裏を取ってきた」
敬語は胸の内ポケットから、本のUSBメモリを取りした。
「あのはメゾネットタイプの集宅だ。共用廊の階段踊りには、昨から防犯カメラが設されている。昨朝の午分、おが背を押されて転落する瞬が、鮮なカラー映像で記録されていた。義母のかよが、両でおの背を突きばす瞬が、完璧にな」
「……そう」
さつきはく息を吐きした。
「弁護士の先への連絡は?」
「学代の同期で、婚と刑事事件を専にしている藤堂にすべて話してある。の朝番でく筈だ」
父と娘のに、親子のを超えた、徹な作戦会議が静かに完した。
同じ頃、都内の級レストランで、孝志はのレナと極のワイングラスを傾けながら、妻を嘲笑っていた。自らの元に、分の薬が敷き詰められていることなど、にもわずに。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
空港に置き去りにされた妻は、もう帰らない
欧州出張から帰国したゆりを、夫と義母は成田空港へ置き去りにした。「四時間歩いて来い」と笑いながら、彼女を貧しいラーメン屋の娘だと見下して。 彼女は、夫の不倫や会社資金四千八百万円の横領を示す証拠を、すでに揃えていた。 空港から一本の電話をかけた三時間後、取引停止が相次ぎ、夫の会社は大混乱に陥る。嫁姑|夫婦|修羅場1.8万字5 663 -
完結第20話
結婚翌朝、五分遅れの朝食が暴いた秘密
結婚翌朝、朝食が五分遅れただけで、夫から親族全員の前で平手打ちされた管理栄養士の美咲。彼女は謝る代わりに、義父の御膳を床へひっくり返し、「食べさせられません」と告げる。 美咲が遅れたのは、心臓病を患う義父のために味噌汁を作り直していたからだった。義母から渡された“秘伝のタレ”には、義父の薬と組み合わさると命に関わる危険な成分が含まれていた。 しかも瓶の底には、義母自身の筆跡で《服用厳禁/致死性不整脈誘発確認済》と残されていた。単なる嫁いびりではなく、八年前から続く恐ろしい企みが明らかになり、夫と親族の立場は一気に逆転する。怒り|嫁姑|夫婦|裡の顔|修羅場1.9万字5 1400 -
完結第14話
十八年勤めた売り場を追われた日、恩返しが始まった
十八年間デパ地下を支えた契約社員・千鶴は、新店長から「高齢者の代わりはいくらでもいる」と突然解雇される。 だが、毎週安い弁当を買う老人の正体は、大手食品会社の会長。かつて倒産寸前だった彼の弁当を世に広めた恩人こそ、千鶴だった。職場逆転|退職金|金銭問題|修羅場1.9万字5 6 -
完結第20話
月30万円の親孝行は、誰の財布から?
夫から突然告げられた、義母への「毎月三十万円」の仕送り。妻・美奈子は反対せず、静かに「いいよ」と答えた。 三日後、銀行で残高四万円を知らされた夫は激怒する。だが美奈子は、二十二年間で家計へ補填した一千二百万円超の記録を並べ、「その三十万円、誰の収入から出すつもりだったの?」と問い返す。嫁姑|夫婦|介護|金銭問題2.8万字5 6 -
完結第15話
白米だけの夕飯を出されたので、家を出ました
年度末の仕事を終えて帰宅した麻子を待っていたのは、冷めた白米だけの夕食。夫と義母は特上寿司を食べながら、「反省したらおかずを出す」と笑った。 「外で牛丼でも食べてきたら?」という夫に、麻子は静かに「分かりました」と答える。しかし彼女は半年前から新居や弁護士の手配を進め、大切な荷物も運び終えていた。嫁姑|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 125 -
完結第12話
母に贈った家を狙う親戚夫婦
母への恩返しに建てた家へ帰ると、親戚夫婦が勝手に住み着き、食卓を囲んでいた。しかも二人は近所に「自分たちの新居だ」と触れ回り、家まで奪おうとしていた。 裕子は怒鳴らず、警備会社への一本の電話をきっかけに、入退室記録、録音、登記、映像を着実に集めていく。 これは家を取り戻すだけでなく、断れずに生きてきた母が初めて「ここは私の家です」と声を上げる物語。静かな反撃と、母娘が本当の安心を取り戻す再生の一篇。裡切られた|兄弟姉妹|裡の顔|親子関係|修羅場1.8万字5 1713