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"雪の空港で消えた四人と第七格納庫" 第12話

のに残った空

黒田は事件直、自分が期待していた覚を得られなかった。

記にはその事実が何度もかれている。

しかし悔して警察へしたわけではない。

逆だった。

自分の為そのものではなく、「満できなかった自分」を受け入れられず、事件へ別のを与え始めたのである。

は特別だった。

自分が理解されるには代がすぎた。

が経てば誰かが価値を認める。

そうくことで、黒田は単なる犯罪を「作品」という言葉で覆い隠していった。

に写真を貼り始めたのもその頃だった。

最初は数枚。

やがて数枚。

格納庫へ忍び込むたびにしい写真を撮り、それを古い写真のへねた。

斗空港が閉鎖されたも、敷の管理が甘くなる期を見計らって何度か入り込んでいたことが記から分かった。

第7格納庫は彼にとって、自分の過がまだ残っていることを確認する所になった。

方、社会では被害者たちの事件が徐々に忘れられていった。

そのことを黒田はむしろ満にじていた。

2000代の記には、失踪事件がテレビの未解決特集で取りげられるたび詳細なをいている。

捜査員の推理を嘲笑する文章。

族のインタビューを見た。

そして、自分がどこまで正体にづかれているかを確認するような記述。

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特に宅恵子が「娘は必ず帰ろうとしていた」と話す映像について、黒田は数ページを使っていていた。

野はそこを読んだ、度冊子を閉じた。

被害者だけではない。

族が35苦しむ姿まで、黒田はくから見続けていた。

追悼集会へ現れた理由も同じだったのだろう。

族のしみを自分の目で確認したかった。

そして誰も自分を疑っていないことを確かめたかった。

柴田は当の初捜査資料を改めて見ながら、自分自を責めていた。

「俺は追悼会にいたかもしれないんだ」

若い巡査として族の警護を担当した記憶がある。

参加者を覚えているわけではない。

もし黒田が制姿でっていたとしても、空港職員が犠牲者を悼みに来ただけだとったはずだ。

野は言った。

「35の報だけで見抜けたとはいません」

「それでもだ」

「今できることをやるしかありません」

福岡、阪、仙台から資料が集まり続けていた。

黒田が関与した能性のある失踪者はまで増えていた。

ただし証拠があるのは部だけだった。

きている族からDNAを採取し、の証拠品と照する。

古い捜査記録と記の付を比べる。

何もの宿泊記録や勤務表を探す。

つの元確認に数週かかるもあった。

それでも、の事件だけは完全に輪郭を取り戻していた。

19891224。

は空港からていなかった。

彼女たちが最にいた所は、当何度も捜査員が歩いた空港敷のだった。

真実はくへ消えたのではない。

ずっと、すぐそばの壁の奥にあった。

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