"月30万円の親孝行は、誰の財布から?" 第2話
「いいよ」に込めた静かな罠
「……万?」 私は落ちたボールペンを拾うことも忘れ、夫の顔をまじまじと見つめ返した。 万円。にして百万円。 公学の学費なら分を括で払ってお釣りが来る額であり、般なサラリーマンの平均収の半分以に匹敵する。なお見やリフォーム費用ではない。「毎継続して」万円を送るというのだ。
「そうだよ、万。それだけあれば、母さんもスーパーで値引きシールを気にして買いしする必もなくなるし、の代だって気にせず使えるだろ。老のを完全に解消してやれる」 達也は至極当然のことを言ったという顔で、腕を組んで頷いた。 その調には、妻である私に相談を持ちかけるニュアンスなど微もなかった。 自分がとしてした崇な決定を、ただ方に通告しているだけだった。どうやってそのを捻するのか、がの現の貯蓄ペースがどうなっているのか、と学を抱える庭のキャッシュフローにどれほどの致命傷を与えるのか――そうした現実な計算は、彼の脳内にはミリもしていないようだった。
これまでのの私なら、即座に血相を変えて反論していただろう。 『ちょっと待ってよ! に万なんてどこにあるの!? の学受験が来に迫ってるのよ! 陸の塾代だってあるのに、そんな毎送れるわけないじゃない!』と。
広告
そして、夫は嫌になり、『俺が族のために懸命働いて稼いだを、困っている実の親に使って何が悪いんだ! おはたい女だな!』と声を荒らげ、リビングの空気は数にわたって凍りつく。 結局、夫の嫌を損ねて庭内が険悪になるのを恐れた私が、自分のへそくりや個座の預を崩して、帳尻をわせる――。 これまで、がはずっとそのパターンを繰り返してきたのだ。夫の「親孝な良い息子」というプライドは、常に私の見えない忍耐と自己犠牲によって買い支えられてきた。
だが、今夜の私のに湧きがってきたのは、りでも焦りでもなかった。 驚くほど徹で、澄み切った静寂だった。 ――このは、本当に何も見えていないのだ。 活費座に毎おが入っているのは、自におが湧きる泉だからではなく、私が毎臭くやりくりし、りない分を補填してきたからだという現実に、この男はもの、度も向きってこなかったのだ。
私は呼吸をつえ、真っ直ぐに夫の瞳を見つめた。 そして、静かに、く答えた。
「いいよ」
「……え?」 達也は拍子抜けしたように目を瞬かせた。猛烈な反対に遭うと構えていたのだろう、を半きにして私の顔を凝した。 「い、いいのか? 本当に?」 「ええ。あなたがそうしたいなら、いいわよ」
広告
私が穏やかに微笑むと、達也の表は瞬で堵とびに染まった。 「そうか! 分かってくれたか! やっぱり美奈子は話が分かる妻だな、助かるよ!」
達也は勢いよくちがると、弾んだ取りでスマートフォンをに取り、そので実へ話をかけ始めた。 「あ、母さん? 俺だよ、達也。さっきの話だけどさ、美奈子とも話して決めたから。今から毎万、母さんの座に定期送することにしたからさ!」 スピーカーから、義母の戸惑ったような、裏返った声がさく漏れ聞こえてきた。 『ええっ!? さ、万!? 達也、そんな……本当に丈夫なのかい? 美奈子さんや子供たちに迷惑がかかるんじゃないのかい……?』 義母は決して欲いではない。ただ々の物価と将来の健康を息子にこぼしただけだったのだろう。万という常軌を逸した額に、義母自が番怯えているようだった。 しかし、達也は胸を張り、これ見よがしに声を張りげた。
「丈夫に決まってるだろ! 俺たち共働きでしっかり稼いでるんだから! 男の俺が母さんの面倒を見るのは当たりだ。慮しないで、美しいものでもべてくれよ。、俺が会社を半休取って、母さんと緒に窓にって続きしてくるからさ!」
話を切った達也は、まるででも取ったかのような誇らしげな笑顔で、交じりに呂へと向かっていった。
リビングに取り残された私は、テーブルのの計簿を見つめ直した。 「……夫婦で稼いでるから、丈夫、ね」
夫の言葉が、の奥でたく反響していた。 達也ののでは、「夫婦共働き=妻の稼ぎもすべて夫の見栄のために自由に使っていい」という図式が完全に成しているのだ。私の料も、私のも、すべて自分の柄として消費する気なのだ。 私は引きしをけ、ネットバンキングのセキュリティカードを取りした。 達也が義母とへくのは。 その、夫は自らが拠ってつ元が、どれほどい氷のに置かれていたのかを、骨の髄までいることになる。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 3 -
完結第10話
義母に突き落とされたので、離婚します
十九年間、義母の虐待と夫の無関心に耐えてきたさつき。妊娠中、義母に階段から突き落とされ重傷を負うが、夫は愛人と過ごし、彼女の訴えを切り捨てる。 病室でさつきが残したのは、離婚届と「あなたが守らなかったものを、私は守ります」の一文。元刑事の父と証拠を集め、義母を実刑へ、夫を失職と離婚へ追い込む。因果応報|怒り|嫁姑|修羅場1.4万字5 168 -
完結第12話
空港に置き去りにされた妻は、もう帰らない
欧州出張から帰国したゆりを、夫と義母は成田空港へ置き去りにした。「四時間歩いて来い」と笑いながら、彼女を貧しいラーメン屋の娘だと見下して。 彼女は、夫の不倫や会社資金四千八百万円の横領を示す証拠を、すでに揃えていた。 空港から一本の電話をかけた三時間後、取引停止が相次ぎ、夫の会社は大混乱に陥る。嫁姑|夫婦|修羅場1.8万字5 685 -
完結第14話
十八年勤めた売り場を追われた日、恩返しが始まった
十八年間デパ地下を支えた契約社員・千鶴は、新店長から「高齢者の代わりはいくらでもいる」と突然解雇される。 だが、毎週安い弁当を買う老人の正体は、大手食品会社の会長。かつて倒産寸前だった彼の弁当を世に広めた恩人こそ、千鶴だった。職場逆転|退職金|金銭問題|修羅場1.9万字5 32 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 14 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 8 -
完結第20話
路線バスで来た父を笑った婚約者一家の誤算
娘の顔合わせに路線バスで訪れた庄三は、相手の両親から「車も持てない乞食」と嘲笑される。婚約者まで黙って見ていたため、庄三はわずか五分で破談を告げた。 しかし庄三の正体は、県下一の交通グループを一台の中古バスから築いた創業者。翌日、社運を懸けた大型工事のコンペ会場で、相手親子は上座に座る庄三と再会する。職場逆転|人生逆転|第二の人生|金銭問題2.6万字5 137 -
完結第15話
白米だけの夕飯を出されたので、家を出ました
年度末の仕事を終えて帰宅した麻子を待っていたのは、冷めた白米だけの夕食。夫と義母は特上寿司を食べながら、「反省したらおかずを出す」と笑った。 「外で牛丼でも食べてきたら?」という夫に、麻子は静かに「分かりました」と答える。しかし彼女は半年前から新居や弁護士の手配を進め、大切な荷物も運び終えていた。嫁姑|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 156 -
完結第20話
妻の予定表に書かれた「最終日」
妻の予定表に記された、結婚記念日の「最終日」。夫は離婚を疑うが、その言葉には、十四年間積み重なった妻の孤独が隠されていた。 毎年同じレストランに二人分の席を予約し、来ない夫を一人で待ち続けていた妻。彼女は今年を最後に、待つことをやめようとしていた。夫婦|真相|第二の人生2.8万字5 82