"十八年勤めた売り場を追われた日、恩返しが始まった" 第1話
閉ベルとえた計算
午分。方都の駅にそびえつ老舗百貨「丸デパート」の品フロアに、閉を告げる『蛍の』の管弦楽アレンジが々しく流れ始めた。
煌びやかにライトアップされていた鮮魚や精肉、級菓子のショーケースは次々と消灯され、通にはモップの湿った匂いと、搬作業を急ぐ台のキャスターが軋む音が反響している。華やかな買い物の気が急速にえ込み、従業員たちのの疲労がわになる帯だった。
惣菜と弁当の特設コーナーの奥で、川千鶴はにした布巾でステンレス製の陳列台を隅から隅まで磨きげていた。今で歳。のエプロンにはの洗濯で落ちない折り目が刻まれ、角巾のから覗く髪にはいものが混じっている。だが、その指先は驚くほど器用で、棚のガラス板の角に付着したわずかな指紋も見逃さずに拭いっていた。
「川さん、をとめてください」
背から掛けられた声は、凍りついたの池のように淡だった。
千鶴が振り返ると、そこにっていたのはヶに本社の営業統括本部からこの品売りのとして送り込まれてきた森孝志だった。歳。仕ての良い濃紺のスーツにを包み、角張った縁の鏡の奥から、定規で測るようなえ切った差しを千鶴に向けている。
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には革張りのバインダーが握られ、その指先には価なモンブランの万が挟まれていた。
「お疲れ様です、。の朝の特売用の台位置、確認しておきました」
千鶴がいつも通りの穏やかな調子で会釈すると、森は先でさく息を吐き捨て、バインダーの類から目をさずに言った。
「その確認はです。川さん、からもう勤しなくて結構ですから」
売りの空気が、瞬で凍結した。
BGMのストリングスだけが虚しく響く、千鶴はを疑った。自分の聞き違いではないかとい、持っていた布巾を握り直す。
「……申し訳ありません、。は曜で、週末の特売が入っておりますが。私のシフトは朝半から——」
「ですから、そのシフト自体を取り消したと言っているんです」
森は苛たしげに顔をげると、周囲で片付けのを止めて息を呑んでいるアルバイトやパートたちの線などにも介さず、淡々と、しかし全員に聞こえるような通る声で言い放った。
「あなたとの契約は、今末をもって満とします。休暇の残数を消化する形で、以の勤は切免除します。ロッカーの私物は今夜にすべて持ち帰ってください」
「から……ですか」
千鶴の胸の奥で、何かが鈍い音をてて砕け散った。
。
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彼女はこのデパートのが改装オープンしたそのから、のも、台の直撃で交通関が麻痺したも、始発のバスに乗ってこの売りに通い続けてきた。正社員ではない。ごとに切れ枚で更される契約社員。賞与は寸志程度、退職など円もない雇用形態だったが、それでも千鶴はこの仕事に誇りを持っていた。
「、せめて理由をお聞かせ願えませんか。私の勤務態度や、々の管理業務に何かな瑕疵があったのでしょうか」
千鶴が努めて声を震わせずに尋ねると、森は底うんざりしたようにを仰いだ。
「瑕疵? そんなものはありませんよ。至って単純な経営の判断です。あなた、今でおいくつになりました? でしょう。体力も衰え、しいPOSレジの操作も若いスタッフより遅い。これからのデパは、スピードとデータの売りにまれ変わらなければならないんです。いつまでも昭のやり方にしがみついている齢の契約社員に居座られては、売りの陳代謝がまないんですよ」
「昔のやり方……ですか」
「そうですよ。契約社員というのはね、会社の都にわせて員を調するためにしているんです。代わりなんて、ハローワークに求票をせば代の若い子がいくらでも集まりますからね。
も働いたから特別扱いしてもらえるなんて、甘えた勘違いは困ります」
森の残酷な宣告に、くで片付けをしていた歳の森川彩佳が、耐えかねたようにへみた。
「! いくらなんでも唐突すぎます! 川さんはこの売りの誰よりもお客様のことをっていて、仕入れのロスだって川さんがいるから防げているんです!」
「森川さん」
森の鋭いが、彩佳の言葉を切り裂いた。
「パートリーダーでもないあなたが、なぜの事権にを挟むんですか。自分のを弁えなさい。満があるなら、あなたも同じように契約を終させましょうか?」
彩佳は悔しさに唇を噛み締め、涙を浮かべて拳を握りしめた。
千鶴はそっと彩佳の腕にを添え、首を横に振った。ここで輩を巻き込むわけにはいかない。千鶴はく息を吐きすと、たいリノリウムのに向かって、々とをげた。
「……よく分かりました。、変お世話になりました」
をげた千鶴の界の隅、しれた柱のから、じっとこちらを見つめている老の姿があった。
古びた濃紺のブルゾンを羽織り、使い込まれた子を目に被った老。毎週曜の夕方になると必ず現れ、この売りで番い百円の幕の内弁当をつだけ買って帰る常連客、藤堂周だった。
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