みかん小説
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"十八年勤めた売り場を追われた日、恩返しが始まった" 第2話

老のブルゾンと本の話

更へ向かう通の入で、千鶴はを止めた。

「川さん」

背から掛けられた声に振り返ると、柱のにっていたはずの藤堂周が、ゆっくりと歩み寄ってくるところだった。歳。い輪のような皺が刻まれた顔ちに、褪せた着。には、先ほど千鶴がレジで渡した百円の弁当が入ったビニール袋がぶらがっている。森のようなから見れば、端のほどにも気に留めない、絵に描いたような質素な活者に見えた。

「藤堂さん……どうされたんですか。もう閉のアナウンスが流れておりますのに」

千鶴が驚いて声をかけると、藤堂は子の鍔にを当て、静かな、しかし温かい声で言った。

「買い物を終えてようとしたら、ただならぬ声が聞こえたものでね。……川さん、い、本当にお疲れ様でした」

その言を聞いた瞬、千鶴の喉の奥がく締め付けられた。

森から投げつけられた侮辱の言葉にも、を瞬で否定された理尽さにも耐えていたが、この老の静かな労いによって、決壊しそうになる。千鶴は無理に唇の端を引きげ、いつもの笑顔を作ってをげた。

「ありがとうございます、藤堂さん。毎週、私の売りに来てくださって……本当に嬉しかったです。

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私の励みでした」

「あなたの包むお弁当はね、いつも温かかった。同じ百円でも、あなたが渡してくれるものは、がこもっていたよ。……あんなっぺらい男の言うことなど、気に病むことはない」

藤堂の線が、千鶴の元へと落ちた。段ボールの梱やテープの貼り替えで荒れ果て、指先のあちこちに絆創膏が貼られたさな。千鶴が恥ずかしそうにエプロンのポケットへを隠すと、藤堂はそれ以何も言わず、く度だけ頷いた。

「邪を引かないように、気をつけて帰りなさい」

「はい。藤堂さんも、お元に気をつけて」

藤堂は軽く会釈を返すと、エスカレーターへ向かって歩きした。その背を見送りながら、千鶴はもう来週の曜に彼を迎えることができないのだという現実に、胸が締め付けられるような孤独を覚えていた。

しかし、デパートの正面玄関をた瞬、藤堂周の纏う空気は変した。

夜が吹き抜ける通りの灯の、藤堂はち止まり、く被っていた子を脱いだ。背筋が定規を当てたように真っ直ぐに伸び、穏やかだった双眸には、徹な刃のような鋭いが宿っていた。

ブルゾンの内ポケットから取りしたのは、季の入ったつ折りの携帯話だった。登録された縮ダイヤルを迷いなく押し、に当てる。

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ワンコールすら鳴り終わらないうちに、通話が繋がった。

『はい、藤堂でございます!』

受話器の向こうから聞こえてきたのは、緊張で張り詰めた代の男の声だった。

「私だ」

藤堂がくく告げると、相は息を呑み、即座に居まいを正した気配が伝わってきた。

『か、会……! 夜分遅くに申し訳ございません。何か緊急の事態でございますか?』

藤堂は振り返り、見げるほど巨な丸デパートのビルをたく見据えた。

「専務。の朝、あのデパートの品フロアへの納品だがな」

「は、はい。は週末の特売でございますので、当社の惣菜ラインと弁当、配品わせて型トラック台分、すでにの荷バースに待させておりますが」

「全部、止めろ」

藤堂の声には、微の躊躇もなかった。

受話器の向こうで、完全に息が止まる音がした。

『ぜ……全部、でございますか!? しかし会、あそこの舗は当社の直営売りも含め、週末ので百万円以の売を叩きす最拠点です! 突然の納品止となれば、契約違反としてデパート側から違約を請求される能性も——』

「違約など、いくらでも払ってやればいい」

藤堂は徹に言い放った。

「当社のトラックから、米粒、惣菜のパックつ、漬物切れに至るまで、の朝はあのの搬入にろすな。

理由を聞かれたら『本社会命令による緊急品質監査のため』とでも答えておけ」

『しょ、承いたしました……! 直ちに物流センターと各に荷止の緊急を打ちます!』

「それから、専務。の朝半に、営業担当役員と法務部を全員引き連れて、あの売りの入に待しろ。私もく」

『会ご自が……!? かしこまりました!』

話を切ると、藤堂は携帯話をポケットに収め、夜のへと歩みした。

「を切れ枚で捨てるようなに、商売の何が分かるというのか」

老の呟きは、湿った夜のに静かに溶けていった。

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