"三年前に署名させた離婚届" 第1話
「息子はね、で髪美女と結婚するそうよ。だから、これにサインしてさっさとていってちょうだい。あなた、もううちの嫁じゃないのよ」
玄関のえ切ったタイルので、義母は満面に勝ち誇った笑みを浮かべ、に持った茶封筒から緑の――婚届をこれ見よがしに突きしてきた。その元は品なほど吊りがり、見し続けてきた嫁をようやく追いせるという悦に歪んでいる。
私はにした玄関のドアノブを静かに握り直すと、淡な差しで義母の顔を見つめ返し、さく息を吐いた。
「ああ、婚届なら、もう提済みですよ」
「……え?」
義母の甲い声が、の抜けた音をてて途切れた。その表が瞬で凍りつき、ピキリと亀裂が入ったように固まる。
「な、何を言っているのよ……提済みって……」
「言葉通りのです。にお義母さんの自の息子さんが署名捺印した婚届を、先、私が役所へ提して受理されました。ですから私と裕さんは、法にすでにです。お義母さん、わざわざしいを用していただいてご苦労様でした」
玄関先にち尽くす義母のから、ぴらりと婚届が滑り落ちそうになる。先ほどまであれほど尊に反り返っていた顎が引き攣り、を引いた唇が刻みに震え始めた。勝ち誇っていた義母の顔から潮が引くように血の気が失せ、みるみるうちに気へと青ざめていく。
広告
「そ、そんな……嘘でしょ? だって、裕が……そんなの、聞いてないわよ!」
「本当ですよ。戸籍、もう成していますから。お引き取りください」
私がややかに告げて玄関の扉を閉めると、から「ちょっと! けなさいよ! 説しなさい!」とドアを叩く狂乱した叫び声が響いたが、私は鍵をしっかりと回し、チェーンをかけて切無した。
そしてその翌朝、私のスマートフォンが激しい振とともに鳴のような着信音を鳴らし続けた。画面には、張であるはずの元夫・裕の名が、何件もの着信の履歴とともに点滅している。
通話ボタンを押してスピーカーに切り替えると、受話器の向こうから半狂乱になった男の鳴り声が鼓膜を突き破らんばかりにび込んできた。
『おい、ナナ! どういうことだよ、婚って! 母さんからわけのわからない連絡が来て、役所にも確認したら本当に受理されてるって……おい、聞いてるのか! 勝なことするなよ!』
どうやら、彼にはまだ事の全貌が何ひとつ伝わっていないらしい。
元のコーヒーカップをソーサーに静かに置き、私は呼吸をひとつした。私の反撃のが、ようやくやってきたのだ。裏切られ、軽んじられ、耐え忍んできたをすべて清算し、今度は私が夫に、そしてあの義母に、すべての現実を容赦なく突きつける番だった。
広告
私の名はナナ。歳。都内の堅版社で文芸の単本や文庫の編集を担当している。学を卒業して卒で入社し、がむしゃらに本の現をり抜けて気がつけば目を迎えていた。作の原稿待ちで夜をかすこともあれば、際に印刷所と押し問答をすることもしょっちゅうで、決して楽な仕事ではない。それでも、自分ががけた冊がに並び、読者のに届く瞬のびは何物にも代えがたく、忙しくも充実した誇りある々を送っていた。
夫の裕とは、学代に所属していたインカレのテニスサークルのみ会でりった。彼は学の法学部で、誰に対しても分け隔てなくるく接する好青だった。背がく清潔があり、真面目でし器用なところが、どこか母性本能をくすぐるようならしさを醸ししていた。
就職活の期、版社を志望していた私と、総商社を目指していた彼とは、互いに音を吐きし、励ましうで自然と距を縮めていった。れてとも志望の業界に内定が決まり、正式に交際をスタートさせてから。学代の甘いいと、社会初期の苦楽を共に分かちい、私たちは周囲から祝福されて結婚した。
結婚の裕は、本当に優しく、私を誰よりも切にしてくれる男性だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 321 -
完結第10話
義母に突き落とされたので、離婚します
十九年間、義母の虐待と夫の無関心に耐えてきたさつき。妊娠中、義母に階段から突き落とされ重傷を負うが、夫は愛人と過ごし、彼女の訴えを切り捨てる。 病室でさつきが残したのは、離婚届と「あなたが守らなかったものを、私は守ります」の一文。元刑事の父と証拠を集め、義母を実刑へ、夫を失職と離婚へ追い込む。因果応報|怒り|嫁姑|修羅場1.4万字5 1065 -
完結第20話
愛人と帰国した夫、30分の猶予
「この後彼女が来るから早く出て行けよ」 南の島から愛人と帰国した夫と義母は、日焼けした顔で私に吐き捨てた。十六年間、生活費を一銭も入れず寄生してきた挙句、亡き両親が遺した百坪の豪邸を乗っ取り、私を追い出す算段だ。届いた内容証明郵便を「慰謝料の小切手」と勘違いし、ハイタッチで完全勝利を確信する二人。 だが、愚かな親子はまだ知らない。十六歳の息子が密かに仕掛けたボイスレコーダーと、十五年前のベビーモニターが捉えた戦慄の記録を。そして、迎えに来た黒塗りの高級車の正体を。 「あと三十分後に消えます、ご安心を」 私が冷たく微笑んだその時、玄関のインターホンが鳴り響いた――。嫁姑|夫婦3.0万字5 279 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 915 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 160 -
完結第20話
月30万円の親孝行は、誰の財布から?
夫から突然告げられた、義母への「毎月三十万円」の仕送り。妻・美奈子は反対せず、静かに「いいよ」と答えた。 三日後、銀行で残高四万円を知らされた夫は激怒する。だが美奈子は、二十二年間で家計へ補填した一千二百万円超の記録を並べ、「その三十万円、誰の収入から出すつもりだったの?」と問い返す。嫁姑|夫婦|介護|金銭問題2.8万字5 741 -
完結第15話
白米だけの夕飯を出されたので、家を出ました
年度末の仕事を終えて帰宅した麻子を待っていたのは、冷めた白米だけの夕食。夫と義母は特上寿司を食べながら、「反省したらおかずを出す」と笑った。 「外で牛丼でも食べてきたら?」という夫に、麻子は静かに「分かりました」と答える。しかし彼女は半年前から新居や弁護士の手配を進め、大切な荷物も運び終えていた。嫁姑|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 625