"三年前に署名させた離婚届" 第3話
宅勤務が楽なわけがない。締め切りに追われ、次々と届くメールと話の対応に追われながら、を縫って夕のごしらえや洗濯を片付ける。息をつく暇もないほどのマルチタスクをいられている現をりもしないから、こんな無神経な言葉を平然と吐き捨てられるのだ。
「きちんと事もこなしております。掃除もかけましたし、夕飯の準備も終わっています」
私がを押し殺して丁寧に答えると、義母はつまらなそうに唇を尖らせ、淡な線を投げかけてくる。
「ふん、当たりでしょ。嫁なんだから。裕がで命を削って稼いできてくれてるんだから、のを完璧にするくらい当然の義務よ。それすらできなかったら、ただの穀潰しじゃないの」
表ひとつ変えずに侮蔑を投げつける義母に対し、当の私はただ「はい」とさく頷くことしかできなかった。
義母の訪問は決まって打ちだった。事に連絡を入れれば断られると分かっているからこそ、アポなしで突撃しては蔵庫のを勝に検分し、埃の溜まりを探すように指で棚を撫で回す。私がどれほど疲れ果てていても、しでも隙を見せれば「これだから片親育ちは」「これだから働く女は」と嘲笑の種にされる。だから私は、どんなにが鳴をげていても、義母のでは決してみを見せず、完璧な礼儀正しさという仮面を被り続けるしかなかった。
広告
何より辛かったのは、そうした義母の理尽な振るいを裕に相談しても、彼がまともに取りってくれなかったことだ。
「母さんも悪気があるわけじゃないんだよ。暮らしで寂しいんだから、ナナがになってうまく聞き流してくれよ」
困ったような眉の字を作って、いつも母親の肩を持つ夫。そのにって守ってくれるはずの伴侶が逃げ腰である以、私には自分を自分で守る術しか残されていなかった。
もう誰にも頼らない。この理尽な環境ので、私は自分のでって、自分自の尊厳を守り抜くしかない。
そうやってややかな覚悟を胸に固め、々のストレスを奥歯で噛み砕いていた私に、やがて像を絶する決定な試練がりかかることとなった。
今からのことである。裕の裏切りが、もっとも無惨な形でのに晒されたのだ。
浮気の相は、彼と同じ商社に勤める、数歳の女性社員・ミサだった。
その夜、裕は付が変わる直になって、ひどく酒臭い息を吐きながら千鳥で帰宅した。ネクタイは曲がり、ワイシャツの第ボタンはれ、だらしなくいた襟元からは甘ったるいの匂いが微かに漂っていた。
「ごめんごめん、遅くなった……」
「またみ会だったの? 今週、これで回目じゃない。
広告
体は丈夫なの?」
「ああ……部署の若い連に付きわされてさ、ちょっと断れなくて……」
裕は言い訳のようにをもごもごさせると、リビングのソファへのように倒れ込み、スーツの着を脱ぎ散らかした。そして、元にあったスマートフォンをテーブルのガラス板のに無造作に放りすと、数分もしないうちにガーガーとい鼾をてて熟し始めたのだ。
私はいため息をつきながら、脱ぎ捨てられた着を拾いげ、ハンガーにかけようとした。その、ふと背のテーブルのに線が吸い寄せられた。
普段の裕なら、トイレにくも呂に入るも、決して肌さず持ち歩いているスマートフォン。画面をにして厳に伏せられているはずのその黒い端末が、今は画面をに向けたまま、完全に無防備な状態で放置されていた。
見てはいけない。のプライバシーを盗み見るような真似は、として品性を疑われる為だ。
そう理性がブレーキをかけようとした、まさにその瞬だった。
ピロン、とい子音が鳴り、スリープしていたスマートフォンの液晶画面がぼうっと青くった。
画面の央にポップアップした通。それは、ある写真共SNSからのメッセージ通だった。通のプレビューには、信じがたい文面が躍っていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
元夫の再婚式に招かれた私には、秘密がある
離婚から五か月後、元夫が若い再婚相手を連れ、結婚式の招待状を届けに来た。だが由美が抱く生後二か月の男児を見た瞬間、元夫の笑顔は凍りつく。 由美は離婚時、すでに妊娠していた。さらに彼女の手元には、元夫の裏切りと消えた夫婦の財産を示す証拠も残されていた。 捨てられた妻が過去を暴くだけでなく、息子とともに自分の人生と安心して帰れる家を取り戻す再生の物語。夫婦|親子関係|不倫2.6万字5 321 -
完結第10話
義母に突き落とされたので、離婚します
十九年間、義母の虐待と夫の無関心に耐えてきたさつき。妊娠中、義母に階段から突き落とされ重傷を負うが、夫は愛人と過ごし、彼女の訴えを切り捨てる。 病室でさつきが残したのは、離婚届と「あなたが守らなかったものを、私は守ります」の一文。元刑事の父と証拠を集め、義母を実刑へ、夫を失職と離婚へ追い込む。因果応報|怒り|嫁姑|修羅場1.4万字5 1065 -
完結第20話
愛人と帰国した夫、30分の猶予
「この後彼女が来るから早く出て行けよ」 南の島から愛人と帰国した夫と義母は、日焼けした顔で私に吐き捨てた。十六年間、生活費を一銭も入れず寄生してきた挙句、亡き両親が遺した百坪の豪邸を乗っ取り、私を追い出す算段だ。届いた内容証明郵便を「慰謝料の小切手」と勘違いし、ハイタッチで完全勝利を確信する二人。 だが、愚かな親子はまだ知らない。十六歳の息子が密かに仕掛けたボイスレコーダーと、十五年前のベビーモニターが捉えた戦慄の記録を。そして、迎えに来た黒塗りの高級車の正体を。 「あと三十分後に消えます、ご安心を」 私が冷たく微笑んだその時、玄関のインターホンが鳴り響いた――。嫁姑|夫婦3.0万字5 279 -
完結第20話
妻の事故と、五歳の娘が見抜いた嘘
事故で下半身不随になった妻を前に、夫・大介は「僕が君の足になる」と誓う。ところが五歳の娘・春だけは冷たく「帰る」と言い、父に病室の毛布の下を見るよう促した。 そこに隠れていたのは、事故当時に妻と一緒にいた浮気相手。家族を置いて密会していた妻は、事故の賠償や介護まで夫に押しつけようとする。 幼い娘の一言で裏切りを知った父が、離婚と親権確保を決断し、娘と二人で新しい生活を始める物語。夫婦|真実|真相|親子関係2.0万字5 915 -
完結第10話
13年前に消えた娘が、元隣人のSNSにいた
2009年、自宅から忽然と消えた四歳の娘・くるみ。母のえみは、娘の部屋を十三年間そのまま残し、帰りを待ち続けていた。 失踪から十三年後、元隣人のSNSに十七歳の少女が写る。成長した娘に似た顔、同じ三日月形のあざ、そして少女の名前も「くるみ」だった。ミステリー|夫婦|真実|真相|親子関係1.6万字5 160 -
完結第20話
月30万円の親孝行は、誰の財布から?
夫から突然告げられた、義母への「毎月三十万円」の仕送り。妻・美奈子は反対せず、静かに「いいよ」と答えた。 三日後、銀行で残高四万円を知らされた夫は激怒する。だが美奈子は、二十二年間で家計へ補填した一千二百万円超の記録を並べ、「その三十万円、誰の収入から出すつもりだったの?」と問い返す。嫁姑|夫婦|介護|金銭問題2.8万字5 741 -
完結第15話
白米だけの夕飯を出されたので、家を出ました
年度末の仕事を終えて帰宅した麻子を待っていたのは、冷めた白米だけの夕食。夫と義母は特上寿司を食べながら、「反省したらおかずを出す」と笑った。 「外で牛丼でも食べてきたら?」という夫に、麻子は静かに「分かりました」と答える。しかし彼女は半年前から新居や弁護士の手配を進め、大切な荷物も運び終えていた。嫁姑|夫婦|第二の人生|修羅場2.0万字5 625