"金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束" 第19話
しいの灯り
、しい篠原写真館が駅裏の通りにいた。板は古いから運んだものを磨き直し、硝子窓には子と湊が選んだ写真を並べた。初は客が来るか配だったが、しのが朝番にを持ってきて、文代は昼休みに温かい弁当を届けてくれた。子はそのたびにの奥へ引っ込まず、自分で礼を言った。昔なら髪を隠すために、こんなこともできなかっただろう。
の仕事はまだ定していなかった。引っ越しの費用がかかり、湊は夜遅くまで古い注文の現像を続けていた。子は予約帳を見直し、撮のないは仕物の仕事も受けることにした。写真を撮るときの襟や袖の形をえる技術は、母と叔母ので覚えたものだった。嫌だったのにも、自分のに残った仕事がある。そのことを、子はしずつ受け入れ始めていた。
子はしいの帳簿に、撮料だけでなく自分の賃と材料費を別々に記すようにした。佳乃に教わって計算すると、忙しいでも元に残るはったほどくなかった。それでも自分の働きが何に使われ、どれだけ残るのかをることはかった。湊も帳簿を見せい、で来の支を相談した。
ある、がを訪ねてきた。にはさな封筒があり、以約束した返済の回目だという。
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子は封筒をけずに受け取り、帳簿に付と額を記した。は飾り窓の写真を見て、「ずいぶん派になったね」と言ったが、子はすぐには笑わなかった。褒められたからといって、これまでのことが消えるわけではない。
はしばらくっていたが、やがてさな声で「髪を黒く塗らせたことは、悪かった」と言った。子は驚いた。叔母が謝る言葉をにしたのは初めてだったからだ。けれど子は「分かりました」とだけ答え、無理に抱きったりはしなかった。もそれ以づかず、をていった。のにはまだいが必だったが、なくとも今は、子が距を決められる。
の初め、父から通目のが届いた。子の写真を何度も見たこと、母に似た笑い方をしていること、いつか直接話せるが来ればうれしいことがかれていた。父はすぐに本へくとは約束せず、子にも英国へ来るよう迫らなかった。子はその慎な言葉にした。くに族がいるとっただけで、すべてを急いで変える必はない。
子は父へ、しい写真館の写真を送った。のに湊とでち、板ので笑っている写真だった。撮してくれたのは佳乃で、ともしぎこちない顔をしている。子はその写真が気に入った。
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美しく写ろうと気負うより、そこで暮らして働いている自分たちが写っていることの方が切だった。
ある晩、湊が仕事を終えて階へがると、子は母の青い布でさな袋を縫っていた。父からのを入れるための袋で、にはい紐を通してある。湊はそれを見て、「きれいですね」と言った。子は針を置き、し迷ってから尋ねた。「湊さんは、私と結婚して悔していませんか」。湊はすぐに答えず、子に座って子の顔を見た。
「困ることは増えました。も移りましたし、町のともずいぶん話しました」。湊の答えに子はわず笑った。彼は続けた。「でも、では撮れなかった写真が増えました。あなたと暮らして、私はの話を聞くがくなった」。子はその言葉を聞き、胸の奥が静かに温かくなった。湊はさらに、「悔しているかどうかなら、していません」と付け加えた。
子は灯りので湊のを見た。薬品で荒れた指、いカメラを支えてきた節の形。自分のも針と洗濯で荒れている。のは似ていなかったが、同じの仕事をしているうちに、机ので自然にづくようになっていた。子は自分から湊のに触れた。湊は驚いたように顔をげ、それから静かに握り返した。
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