みかん小説
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"桑の音が消えた村" 第1話

桑の匂いが消えた朝

「子、蚕がかねえ。全部だ。昨夜まで桑をってたのに、今朝になったら匹もかねえんだ」

昭、信州の原では、夜がけるから々の戸がき、坂を駆ける音が続いていた。裾の戸が養蚕を営むこの集落で、蚕の棚がいっせいに静まり返ったのである。齢に入った蚕は、それまでならのような音をてて桑をべる。子はその音を聞いて育ったから、隣の蚕へ入った瞬、葉の匂いより先に静けさを恐ろしいとった。

隣の佐のでは、蚕箔のにい体が折りなり、まだわずかにくものもを振っていた。佐の夫は板のに膝をつき、の晩に与えた桑の枝を握り締めている。もうじき蔟という期だった。繭になれば現が入り、そので肥料代との米代を払うつもりだったばかりである。佐は泣くのも忘れ、「うちだけじゃないのかい」と子に尋ねた。

坂の田でも、川向こうの原田でも、同じことが起きていた。何軒かは半分ほどき残ったが、ほとんどので蚕の様子が悪く、桑をべる音が止まっている。子の父・慎造は農事組の世話役で、朝くから各戸を回り、被害を帳にいていた。その顔は気だったが、いつものように腰を伸ばし、「原因はまだ分からん。

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勝な噂はするな」と言い続けた。

ただ軒、際の古いにむ祖母トヨの蚕だけは違った。子が戸をけると、幾段にも並んだ蚕箔から、桑をむ細かな音が聞こえてきた。歳のトヨは柄な体に掛けを結び、枝の太い部分を折って、柔らかな葉を蚕へ配っている。が差す窓にはいが貼られ、には朝採りの桑の籠がつあった。

「ばあちゃん、みんなの蚕がんだ」子が言うと、トヨのが止まった。「全部か」「ほとんど。佐さんのところなんて、もう……」。トヨは桑の葉を枚裏返し、にづけた。しばらくして、「ここへ来る途、どこの桑を通った」と尋ねた。

「のの畑だけど」「葉の裏を見たか」「見てない」。トヨは自分の蚕をもう度確かめると、濡らした拭いを持ち、「ってみよう」とちがった。その、表の庭で荒い声がした。佐の夫との男たちが、、を押しけて入ってきたのである。

「トヨさん、あんたのところだけ無事だそうだな」。先の原田が蚕を覗き込んだ。「おかしいとわんか。みんなんでるのに、ここだけ何ともない」。トヨは返事を急がず、畳のの履をそろえてからへた。男のが鳴った。「昨、あんたは薬撒きに来なかったろ。何をってたんだ」

子は、祖母と男たちのにった。父がになって決めた共同防除のことだと、すぐに分かった。

昨、農事組がしい力噴を借り、の桑畑をで回った。トヨは参加せず、蚕にべさせる桑には今は薬を使いたくないと言って、皆から代遅れだと笑われていた。

原田は戸の蚕箔を指さした。「もしってたんなら、なんで黙ってた。うちの蚕を見殺しにしたのか」。子が言い返すよりく、トヨは履を履いた。「桑畑へ来なさい。話はそこでする」。その落ち着きに男たちはかえって苛ったが、誰も先に歩こうとはしなかった。子だけが祖母の横へ並び、坂をり始めた。

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