"桑の音が消えた村" 第6話
鎌を止めた孫娘
子が祖母の桑畑へ駆け込むと、男たちはすでに列目の枝を切り始めていた。初の桑は葉をたっぷりつけ、のに落ちた枝からは青い匂いがっている。慎造は荷に束ねた枝を載せようとしていたが、娘の音に気づくと眉を寄せた。「何を慌ててる。のために使う桑だ」。子は荷のへ回り、「ばあちゃんの許しは取ってあるの」と聞いた。
父は「取った」と言い切った。子は類を差しし、「全量を渡すとは言っていない。いまべている蚕の分は残す約束だった」と告げた。男たちのが「もう刈ってしまった」と呟くと、子は切り落とされた枝を数え始めた。だけで争えば、翌には子が皆を困らせたと噂になる。だから何本刈ったか、誰が持ち帰ったかを残そうと考えた。
ほどなくトヨが蚕からてきた。鎌の音を聞いていたらしいが、りもしなかった。畑のにつと、刈った枝を本拾い、「これは今の夕方に使うつもりだった」と言った。慎造は目を伏せ、「母さん、りないがあるんだ」と答えた。トヨは息子をまっすぐ見た。「りないものを、りているから全部取ったら、は軒ともりなくなる」
そこで子が承諾を広げた。印はトヨの普段の印に似ているが、祖母のにある印鑑には欠けた部分があり、このの印は欠けていない。
広告
「誰の印なの」と子が尋ねると、慎造の表が初めて崩れた。「役へすだから、形だけえた」「ばあちゃんは押してないんだね」「で説するつもりだった」。祖母はく「それは承諾じゃない」と言った。
男たちはそれ以刈らず、持ちしかけた枝を畑へ戻した。しかし慎造は、途で仕事を止められたことを恥じ、帰りで娘にった。「親ので恥をかかせるのがそんなに楽しいか」。子は父の自転を押しながら歩き、「恥をかかせたのはに勝に名をいたでしょう」と返した。父は答えず、へりる坂を先に歩いていった。
子は健にも、承諾の写しを残しておくよう頼んだ。健は「これをせば慎造さんだけでなく、俺の父にも責任が来る」と言ったが、子は「だからこそ、誰がいたか先に確かめたい」と答えた。組の印があるが、でどれほどの力を持つか子は初めてった。祖母の名をくだけで、老の分の桑までがかせることになっていたのだ。
夕方、祖母の蚕では、き残った蚕が分な葉をべ、繭を作る準備を始めていた。子はの掃除を伝いながら、刈られた分の葉を理した。トヨはしい蔟を用し、「みんなも苦しいんだから、余る桑がたら分けよう」と言った。子は祖母がを見捨てていないことをっていたが、そのいが父には届かなかった。
夜半、慎造が母へ戻ると、修が机に教科を広げたまま眠っていた。タカは修の肩へ布団をかけ、夫に夕飯を温めた。慎造は箸を取らず、「の者は俺が母親の桑を横取りしたと言ってる」と呟いた。タカは「実際、断りなく刈ろうとしたんでしょう」とだけ言った。夫に逆らわなかった妻の言葉に、慎造は顔をげた。
翌朝、子は切られた枝の数をいたを祖母に渡した。祖母は目を細めて読んだあと、「今度は、失くしたの分も数えておくれ」と言う。「何を?」「蚕も、おも、言えなかったことも」。子はそのを考えながら、の軒をきした。謝るべき相がいるのなら、その顔をずつ見て話さなければならなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 58 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 47 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 66 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 227