"桑の音が消えた村" 第9話
祖母が守らなかった
トヨはの涯で、何度も蚕を失っていた。子がその話を聞いたのは、繭を選り分ける静かな午だった。祖母は元の繭を灯りに透かし、汚れのあるものを別の籠へ移しながら、まだ嫁に来てもない頃のことを話し始めた。昔、隣で蚕の病が広がり、トヨも助けようとよそのから葉を持ち込んだことがあった。
「わしは良いことをしてるつもりだった」。トヨはを休めた。「桑がりんに分けて、向こうの蚕を助けようとしたんだ。でも葉を運んだあと、こっちでも具が悪くなった」。原因がその葉にあったかどうか、当は確かめる術もなかった。けれどトヨは、自分が良かれとったことでも悪い結果を招くとった。「それからは、ってるふりをせんようにした」
子は祖母が頑固だと笑われても、ずっと言い返さなかった理由をし理解した。祖母はしいものを全て嫌っていたのではない。分からないことを分かったことにし、ほかのの命や暮らしまで賭けることを怖れていたのだ。若いの失敗を話すトヨの声に、自分だけが正しかったという響きはなかった。
その晩、子は祖母の言葉を慎造へ伝えた。父は静かに聞いていたが、「俺が母さんより愚かだと言いたいのか」と苦笑した。子は首を振った。
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「ばあちゃんも違えた。でも違えた、やり方を変えたんだよ」。慎造は返事をしなかった。その代わり、翌朝から自分ので薬の容器を集め、散布量を改めて調べるようになった。
しずつの空気も変わった。子が持ってきた相談所の説を聞き、男たちは初めて、散布所と蚕の状態を区別して話すようになった。被害に遭ったのうち、共同散布に参加しなかったもあれば、隣の畑からんだを受けた能性のあるもあった。父の判断の誤りだけでなく、確認せずの仕事を信用した自分たちにも、考えるべきことがあると分かってきた。
しかし、全員がすぐ納得したわけではない。佐の夫は夕方の集会で、「勉した話を聞いたところで、繭代は戻らない」と声を荒らげた。子は否定せず、「だから損を数えています。まず何を失ったか、皆で確かめないと、の話にもめません」と答えた。慎造は娘の横で黙り、初めてを挟まず聞いていた。
会議の終わりに、トヨが古い呂敷包みを持って現れた。包みのには、今取れた繭の荷控えと、若い頃から使ってきたさな貯帳が入っていた。「のために、これを全部すつもりはないよ」と置きし、皆の顔を見渡した。「でも、まで米が買えんがあるなら、貸せる分はある。
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名をいて、返すもけばいい」。原田は驚いた顔をした。数に祖母を疑って鳴った男である。
トヨは続けた。「桑も分けよう。ただし、残っている蚕を先に育てる。それが終わってから、使えるものを確かめて分ける」。若い嫁たちはしずつうなずいた。子は祖母が差ししたもののきさをじながら、の奥の暗い蚕をいした。祖母は蚕を守ったのではなく、守れる範囲を違えなかったのだ。
その夜、慎造は久しぶりに母のを訪ねた。が何を話したか、子は聞かなかった。ただ帰ってきた父の顔が、しだけを取ったように見えた。慎造は修の教科を見て、「学のことは諦めるな」と言ったが、修は黙って首を振った。「父ちゃんで決めなくていい。俺にも話させて」。慎造はその言葉に頷くまで、しばらくかかった。
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