"桑の音が消えた村" 第14話
もう度、棚が静かになった夜
の初め、共同で飼っていた数の蚕が、突然桑をべなくなった。朝までは問題なくいていたのに、昼過ぎからつの蚕箔だけ様子が悪い。子の胸がえた。の朝の静けさがそのまま戻ってきたようだった。佐は顔を青くし、「また薬なの」と繰り返したが、トヨはほかの棚をかさないように告げた。
子は帳をき、その棚に与えた桑のどころを確認した。朝の葉はトヨの畑、昼の葉は別のの全確認済みの畑からだった。しかし葉を運んだ籠は、に野菜の荷で使ったものだと分かった。何かが付いていた能性もあれば、蚕の病気や温度の問題もある。子はすぐに「薬だ」と言い切らず、別の棚と分けて様子を見た。
庭へ連絡すると、蚕箔や具の扱い方、換気、餌の記録を詳しく見直すよう助言された。トヨは汚れた籠を洗い、使った布を分け、具の悪い蚕の世話を別にした。、問題の棚には損失がたが、ほかの蚕はきな異常なく育った。子は帳面のでく息を吐いた。被害をゼロにはできなくても、広げないためにできることがあると分かった。
子は配で晩続けて納へ泊まり、夜にも蚕の様子を確かめた。佐は仕事帰りに弁当を持ってきて、「おが倒れたら誰が帳面をつけるんだ」
広告
と笑った。子はべながら、庭から教わった確認事項をき直した。蚕が元気をなくしたは、原因をつに決めつけず、いつ何を変えたかを先にいす。そういたところで、の父も同じように急いでつの答えへびついていたのだと気づいた。
この来事はに別の教訓を残した。の失敗ので慎になったつもりでも、具の使い回しや記録の曖昧さが残っていた。子は責任者探しを始めず、当番の女性たちと具へ番号をつけた。桑用の籠、掃除用の具、運搬用の箱を分け、誰でも分かるように印をつける。それは祖母の代の方法をそのまま戻すのではなく、しい識と古い注さを緒に使う作業だった。
翌朝、問題の棚から回復した蚕の部が再び葉をべ始めた。子は嬉しかったが、ほかの棚と緒にはしなかった。トヨが「よくなったように見えるが、番を急がせる」と言ったからだ。子は記録へ回復の兆しと観察した刻を記し、庭への報告にも良いことと悪いことを分けずにいた。都のいい結果だけを報告したら、と同じになってしまう。
しかし集会でその話をすると、原田が笑した。「そんな細かいことをするから女は仕事が遅い」。子は黒板に今週の損失を示し、「細かく確かめて被害がつの棚で止まりました。
広告
はの棚が止まりました」と答えた。静かな調だったが、誰も笑わなかった。慎造はろの席で娘を見つめていた。
その晩、父は子へ声をかけた。「あの、俺は自分が急いでいることさえ分からなかった」。子は初めて、父のから言い訳ではない言葉を聞いた。「これから何をすればいい」と慎造は尋ねた。子は「皆のでっていたことを話して」と答えた。父はく黙り、そのゆっくり頷いた。
翌、販売の辺と当の担当者がへ来ることになった。慎造は集会所の鍵をけ、机を並べ、と墨を用した。子は祖母のから、あの注きを借りてきた。の折り目は何度もかれたせいでくなっている。「これがを壊したじゃない。読まれなかったことがを壊したんだ」。祖母の言葉を聞き、子はを丁寧に呂敷へ包んだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第15話
姉の身代わりで嫁いだら、冷酷当主の本命でした
家族に冷遇され、姉の身代わりとして“冷酷な当主”のもとへ嫁がされた澄乃。しかし初対面で、偽りの花嫁だと見抜かれてしまう。 追い返される覚悟をした澄乃に、静は「お前で構わない」と告げる。さらに帳簿を読む彼女の才能と、恐れながらも嘘をつかなかった誠実さを認めていく。歴史|昭和|ミステリー|夫婦|第二の人生2.0万字5 58 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 47 -
完結第20話
金色の髪を隠して嫁いだ私と、無口な写真師の約束
昭和四十二年。英国人の父から受け継いだ金色の髪を「家の恥」とされ、黒く染め続けてきた月子は、写真師・湊のもとへ嫁がされる。 雨で黒い煤が流れ、秘密が露わになっても、湊は彼女を拒まなかった。月子は写真館で働きながら、母の手紙や父の存在、叔母が隠してきた過去と向き合っていく。 見世物のように利用しようとする町の男にも屈せず、「何を見せるかは自分で決める」と声を上げる月子。隠された少女が、自分の姿と人生を取り戻す物語。時代|歴史|昭和2.9万字5 66 -
完結第18話
昭和38年、つなぐなと言われた救急電話
昭和38年、山間の電話交換所で働く澄子は、診療所から県立病院への緊急電話を受ける。重傷の17歳を救うための連絡だったが、主任は「その電話だけは絶対につなぐな」と命じた。 少年が亡くなった後、澄子の判断ミスとして処理されようとする。しかし記録を調べると、救急回線が止められていた時間にも、工事会社と本社、町役場の間では電話がつながっていた。時代|歴史|昭和|ミステリー2.3万字5 227