"剣を捨てない花嫁" 第5話
久世に嫁はいらない
臣の言葉が広に落ちた瞬、誰も箸をかさなくなった。
最初に顔を変えたのは志乃だった。
「臣さん、それは何の冗談です」
「冗談ではありません」
「しく迎えた嫁を持ちげたいお気持ちは分かりますけれど、剣がいことなど久世の奥方に必ありません」
臣は穏やかな顔をしたまま、湯みを置いた。
「必かどうかは本が決めます」
「本?」
志乃の目が細くなった。
「嫁というものはに入った点で、自分の都ではきられません」
その言葉には妙なみがあった。
私は黙っていた。
このに来てまだ数なのに、志乃がなぜここまで私を嫌うのか分からなかった。
朝餉の、私は納戸へ呼ばれた。
志乃は古い装箱をけ、何枚もの着物を取りした。
「から、これを着なさい」
「ですが稽古をするは」
「稽古?」
志乃は笑った。
「まさか本当に続けるつもりなのですか」
「臣さんは、構わないと」
「若い男は珍しいものにになることがあります。でも、しばらくすれば飽きますよ」
私は返事をしなかった。
志乃は枚の華やかな着物を私の胸元に当てた。
「あなたは奥方として見栄えをえ、跡取りを産めばいい。剣など振らなくて結構です」
その、私は妙な言葉に引っかかった。
奥方。
跡取り。
まるで臣と私の婚姻そのものが、最初から決められた役目しかないような言い方だった。
広告
その夜、臣に聞いた。
「志乃様は、以からあなたの縁談に関わっていたのですか」
臣はし考えた。
「関わっていたというより、決めたがっていた」
「どなたか別の方を?」
「ああ」
「どなたです」
答えるまで、臣は珍しくを置いた。
「志乃叔母の姪だ」
私は納得した。
それなら嫌われる理由も分かる。
「私がいなければ、その方が」
「そうはならない」
臣は即座に言った。
「俺は断っていた」
「でも、その方ならもっと妻らしく」
「またそれか」
臣は困ったように笑った。
「澄」
名を呼ばれた。
嫁いでから初めてだった。
父はいつからか私を名で呼ばなくなっていた。「お」か「跡取り」だった。
「俺はおと結婚したかった。そこだけはの物差しで考えるな」
その言葉はうれしかった。
だが同に怖かった。
もし臣が私を守ることでのに敵を増やしてしまったら、私はまた誰かの邪魔になる。
翌、私は自分から志乃のもとへった。
「教えてください」
「何をです」
「久世の嫁として必なことを」
志乃はし驚いた顔をした。
私はをげた。
「剣は捨てません。でも、できないことをそのままにしたくありません」
それから毎、午はのことを学び、夕方に刻だけ臣と稽古をする活が始まった。
裁縫は相変わらずだったが、帳簿の計算は驚くほどく覚えた。弟の数や米、薪、具の入りを数字で管理することは、実で父の帳簿を見ていた私にはむしろ得だった。
広告
数、の帳面にさな違を見つけた。
剣術用として毎購入されている刀と防具の数が、すぎる。
久世のにはほどしか弟がいない。
それなのに分以の消耗品が計されている。
「この数、おかしくありませんか」
帳面を管理していた番に聞くと、男は瞬だけ目を逸らした。
「昔からこうです」
「誰が注文を?」
「志乃様です」
胸の奥がえた。
夕方、臣に帳簿を見せようとした。
しかし、そのに通のが届いた。
差は、私の父だった。
い文だった。
《久世との約束を忘れるな。おは剣を捨て、のために尽くせ》
そして最に、さらに。
《借は、まだ半分しか消えていない》
私はを握り締めた。
父から聞いていた話と違う。
縁談と引き換えに、借はすべて清算されたはずだった。
その夜、臣にを見せると、彼の顔が変わった。
「半分?」
「はい」
「そんなはずはない」
臣はちがった。
「久世は、おの父に借全額分のを渡している」
私は息を呑んだ。
「では残りの半分は、どこへったのですか」
臣は答えなかった。
代わりに、机の奥から古い付を取りした。
そこには確かに、父へ渡した額が記されていた。
そして受領の欄には、父の名ではなく――。
私はその名を見て、指先がたくなった。
久世のだった。
しかも、それは毎朝私に「嫁らしくしなさい」と言い続けている物の名だった。
志乃。
その瞬、私は初めて理解した。
私の婚姻は、父と臣だけの話ではなかった。
私がこのに来るずっとから、別の誰かが私のをに換えていたのだ。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
家ごと消した母の反撃
七十一歳の美穂は、夫が入院している間、同居する長男夫婦から召使いのように扱われていた。生活費は一円も入れず、母の形見まで勝手に処分する二人。ある日、微熱で三分だけ横になった美穂に、長男嫁はワインを浴びせ、「帰るまでに掃除しておけ」と言い放つ。長男も笑うばかりだった。だが、黙って「はい」と答えた美穂には、二人の知らない計画があった。三日後、帰省先から戻った長男夫婦は、信じられない光景を目にする。嫁姑|親不孝|親子関係|金銭問題2.0万字5 52 -
完結第21話
車いすの恋人に請求された三万三千円の「迷惑料」
交通事故で車いす生活となった恋人・明菜と、もう一度穏やかな日常を取り戻そうとしていた聡。明菜の誕生日、二人は思い出のフレンチレストランを訪れる。しかし待っていたのは、食事時間の一方的な短縮と、三万三千円もの「迷惑料」だった。因果応報|人生逆転|真相|修羅場2.8万字5 23 -
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 16 -
完結第18話
「少しくらい困ればいい」母をSAに置き去りにした夫の本当の狙い
家族旅行の帰り道、夫の雅人は、足の悪い七十四歳の義母・澄江をサービスエリアに置き去りにした。「少しくらい困れば、次から早くなる」。息子まで夫に同調する中、妻は必死に母を捜す。ところが、母のバッグから見つかったのは、本人が知らない老人ホームの入居申込書だった。さらに、夫が管理していた母の預金、身に覚えのない介護記録、そして車内カメラに残された会話から、旅行そのものが仕組まれていた疑いが浮かび上がる。夫婦|親不孝|第二の人生|親子関係|金銭問題2.3万字5 14 -
完結第20話
花嫁のいない結婚式
結婚式を翌日に控えた長谷川由衣は、胃痛を訴える婚約者・黒田瞬のために、心を込めて雑炊を作っていた。ところが彼の部屋の前で耳にしたのは、「あいつはただの身代わりだ」という残酷な本音。三年間の愛情も、婚約指輪も、純白のドレスも、すべて元婚約者の代わりだったと知った由衣は、誰にも告げず空港へ向かう。翌朝、二百人の招待客が待つ式場に花嫁は現れなかった。人生逆転|真実|裡の顔|第二の人生|修羅場2.9万字5 22 -
完結第18話
誤爆LINEの夜
結婚六年目。妻の明子に勧められ、出張前夜をホテルで過ごすことにした直人。ところがチェックイン直後、妻から「今日旦那いないから、いつもみたいにイチャイチャしよ♡」というLINEが届く。慌てて削除されたメッセージに不信感を抱いた直人は、何も知らないふりをして自宅へ戻る。夫婦|裡の顔|修羅場|不倫2.0万字5 30 -
完結第16話
四万円を断った朝
同僚に裏切られ、二千万円近い借金を背負った大橋拓人。再就職の面接へ向かう朝、雨の道路でパンクした車を見つけ、遅刻を覚悟でタイヤを交換する。女性から差し出された四万円を断り、代わりに面接先まで乗せてもらった拓人。しかし会社に到着すると、受付の社員たちが彼女に深々と頭を下げた。職場逆転|人生逆転|真相|修羅場2.5万字5 7 -
完結第22話
大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起
大正11年、北陸の港町。旅回りの朝霧一座が芝居の幕を上げた瞬間、十五人の役者が客席に向かって土下座した。前売りの金は一座に届かず、衣装まで劇場に差し押さえられていたのだ。若い女優・志乃は、失われた金の行方を追い始める。やがて浮かび上がったのは、興行師の隠された借金と劇場主の不自然な勘定。さらに再起を懸けた公演を前に、看板役者が台本を持って姿を消してしまう。芝居も仲間も失いかけた志乃は、自分たちの手で新しい幕を開けようと決意する。時代|歴史|昭和2.8万字5 17