みかん小説
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"残高ゼロの通帳" 第1話

卓に置かれたい

曜の夜過ぎ。週の締め作業を終えて最寄り駅からの夜を急ぎ、マンションの玄関をけた瞬、笠原ゆき(歳)は腔をかすめる空気のたさに違を覚えた。

玄関には夫・信吾の革靴が揃えられ、廊の奥からは点けっぱなしのテレビのバラエティ番組の音声が漏れ聞こえてくる。しかし、台所から漂ってくるはずの汁のりも、煮物の醤油の匂いも切しない。夕飯の支度は何つつかずのまま、自分が帰宅してエプロンを締めるのを待っているのだと、静まり返ったリビングの気配が告げていた。

文具メーカーの「ツ文具」に卒で入社して。現は経理課の主任として、々の伝票精査から次決算、税務申告の補助まで、円の数字のズレも許されない責を担っている。数字は嘘をつかない。帳簿の貸借が致したときの美しさをし、几帳面さと粘りさで築きげてきたキャリアだった。

に歳の信吾と結婚し、旧姓の井から笠原となった。産業械メーカーの営業職である信吾は、普段は数がなく穏やかで、激しいのるには頼みもしないのに駅の改札まで黙ってで迎えに来てくれるような優しさを持っていた。その誠実さに惹かれ、温かい庭を築けると信じて判を押した。

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だが、築の古マンションに漂う空気は、ちょうどの、義母の節子(せつこ・歳)が転がり込んできてから完全に変質してしまっていた。

「おかえり、ゆきさん」

ダイニングの引き戸をけると、テーブルの正面に鎮座した節子が、の端だけを歪めて笑っていた。その顔は、の秘密を暴いた悪童のような、卑しい悦に満ちている。

テーブルの央には、見覚えのある方形のいが、皺つなく仰々しく広げられていた。

のに会社で渡され、帰宅に寝の机の段目、鍵の壊れた引きしの奥くにある封筒の束の番へ滑り込ませておいたはずの、ゆきの与細だった。

「万。結構稼いでるのねえ」

節子の濁った声の語尾に、ねっとりとした嘲笑がへばりついていた。節子は細の最段、支計の欄を、く切り揃えられたさし指の爪でトントンと叩いた。

「驚いちゃったわ。うちの嫁がこんなにおを持ってたなんてね。友達との話じゃ『共働きって言っても遣い稼ぎ程度でしょ』なんて笑ってたのに、とんだ隠し財産じゃないの」

ゆきは通勤鞄を肩に掛けたまま、玄関先で直した。指先から急速に体温が奪われていく。

「お義母さん、それ……寝の机の引きしにしまってあったものです。

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どうして勝にけたんですか」

「どうしてって、掃除をしてたら引きしの隙から見えたのよ。族なんだから、隠し事なんて臭いじゃない。ねえ、信吾?」

節子が線を向けた先、卓の端では、部着に着替えた信吾が麦茶のグラスを指先で弄んでいた。夫は度だけゆきの方をちらりと見たが、すぐに目を逸らし、元のスマートフォンへと線を落とした。

「……信吾さん。あなた、所を教えたの?」

「いや……母さんが、ゆきの料をどうしてもりたいって言うからさ。見るだけなら別に減るもんじゃないし、いいかなって……」

信吾の々しい言い訳が、乾いたリビングに落ちた。

妻のプライベートな領域を守る気など端からなく、母親にねだられれば鍵のない引きしの所をあっさりとけ渡す。その軽な裏切りに、りよりも先に、元が段すっと沈み込むような寒気が胸を支配した。

「とにかくね、ゆきさん」

節子は細を両で引き寄せると、まるで自分がに入れた獲物のように抱え込み、胸を張った。

「これからは、そのお料が入る通帳は私が管理するわ。万なんて、若いが持ってたらあっというに無駄遣いしちゃうでしょ。嫁のおはこののおなんだから、私が預かるのが筋ってものよ」

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