みかん小説
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"花嫁のいない結婚式" 第5話

ターミナルで流した涙と、届かぬ着信

夜分。羽田空港の国際線発ロビーは、昼の混雑が嘘のように静まり返っていた。 い吹き抜けの井の、磨きげられたに私の引くスーツケースの輪の音だけが乾いて響く。 私はロビーの最も目につかないベンチに腰をろすと、膝のにノートパソコンを広げた。 航空会社の予約サイトにアクセスし、翌朝番――午発のシンガポール直便のエコノミークラスの空席を検索する。残席はわずか席。私は迷うことなく、自分名義のクレジットカードで決済を完させた。 画面に『予約完・Eチケット発券』の文字が躍る。

(これで、本当に逃げはなくなった)

ふと、胃の奥が激しい痛みを訴えかけた。 夕方から式との最終確認に追われ、そのは瞬の胃痛を配して雑炊作りに奔していたため、私自が昼以、滴のすらにしていなかったことに今更ながら気づいたのだ。 が刻みに震えているのは、裏切りのショックだけではない。な飢餓と極度の疲労による血糖の症状だった。 私は提げ鞄のから、あの保温容器を取りした。

蓋のロックをすと、密閉されていた湯気が、ふわっと夜のたい空気のへちった。 鰹と昆布の豊かな汁のり、そして姜の微かな刺激臭。

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容器のでは、米粒が汁を吸ってふっくらと膨らみ、淡い黄の卵と、細かく刻まれた鶏肉が美しく散らばっていた。 私は付属のプラスチックスプーンをに取り、震えるで分をすくい、のへ運んだ。

「……あ」

舌のに広がったのは、紛れもなく、私がを込めて作った優しいだった。 汁の旨が、乾ききったを通り、え切った胃袋の底へとじんわりと染み渡っていく。 その温もりをじた瞬、先ほどまで頑なに塞き止められていた涙が、音もなく両目から決壊した。

「う……ぅ……っ」

私は元をで押さえ、背を丸めて声を殺して泣いた。 なぜ、こんなに美しいものを、あんな男のために作ってしまったのか。 なぜ、あんな男の胃袋を温めるために、私は自分の空腹すら忘れて台所にっていたのか。 雑炊の表面に、ポロポロと私の涙が落ちて波紋を作る。 私は泣きながら、スプーンをに運び続けた。、また。 これは彼へのの残骸ではない。これからで異国の荒波へ漕ぎす私が、自分自の命を繋ぎ止めるための、最初の糧だった。 最の粒まで雑炊を平らげたとき、私の体には、確かにしいが宿っていた。

空になった容器を拭き、鞄へしまい終えた午過ぎ。 私のスマートフォンが、突然狂ったように震え始めた。

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画面に浮かびがったのは、見慣れた男の顔写真と――【黒田 瞬】の文字。

その直、私は彼に向けて、たったのメッセージを送信していたのだ。 『ドアので、すべて聞いていました。私は誰かの代わりになるために、あなたと結婚するわけではありません。式にはきません。さようなら』

ディスプレイので激しく点滅する着信通。 度切れ、度切れ、度目のコールが鳴り響く。 やがて通話が途切れると、て続けにチャットアプリのメッセージが弾丸のように画面を埋め尽くしていった。

『由!? おい、冗談だろ!? 何言ってんだよ!』 『ドアのにいたってどういうことだ!? 匠と酒んで馬鹿話してただけだぞ!』 『マリッジブルーか!? 式の夜に緒定になるのは分かるけど、こんな悪質ないたずらやめろよ!』 『おい! は百もが来るんだぞ! 俺の親父の会社の役員も、俺の取引先も全員来るんだ! 親にどんな恥をかかせる気だ!』 『頼むから話にてくれ! 由! 今どこにいるんだ!?』

画面の向こうで狼狽し、保のために爪を噛んでいる男の顔が、にとるように浮かんだ。 ここに至ってもなお、彼は「自分が何を犯したか」を理解していない。私がただになって拗ねているだけで、周囲への世体を盾に脅せば、泣きながら戻ってくるとを括っているのだ。

私の優しさと真面目さを、自分を縛る鎖として利用できると信じ切っている。

だが、私の指先は、迷うことなくスマートフォンの側面の源ボタンを押しした。 プツン、と画面のが消え、漆黒のガラスに私の徹な顔だけが映しされた。

(夜がければ、すべてが始まる)

ベンチの背もたれに体を預け、私は静かに目を閉じた。 の式に、嫁がを踏み入れることは度とない。

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