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"箱詰めされた母の人生" 第10話

同じを売る、まったく違う署名

母は再び田辺さんへ連絡した。

数かぶりに実へ来た田辺さんは、以と違う母の表を見てししたようだった。

「今回は、お急ぎではありませんか?」

田辺さんが慎に聞くと、母は笑った。

「急ぎません。条件に納得できる方が見つかるまで待ちます」

「承しました」

テーブルへしい媒介契約の類が並べられた。

母は枚ずつ説を聞き、分からない部分は自分で質問した。

「この費用はいつ発しますか?」

「引き渡しまでに私が用する類は?」

「売却代はどの座へ入りますか?」

以、輔に促されて署名しようとしていたとはまったく違っていた。

誰かのために急ぐ必はない。

娘の宅ローンのためでもない。

まして、娘婿の借のためでもない。

母は自分のしい活の資として、このを売るのだ。

最にペンを握り、自分の名をいた。

森田幸子。

さな字だったが、迷いはなかった。

私はその横顔を見ながら、議な気持ちになった。

数か、同じ「を売る」という為に、私は恐怖しかじなかった。

今は違う。

なのは「売るか売らないか」だけではない。

誰ので決めたのか。

誰が利益を得るためにかしているのか。

同じ選択でも、そのはまるで違う。

やがて、を気に入ってくれる族が現れた。

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学の子どもがいる若い夫婦だった。

庭で庭菜園をしたいという。

母は内覧のあと、し嬉しそうだった。

「子どもの声がするになるならいいわね」

「いのを放すの、寂しくない?」

「寂しいわよ」

母は正直に言った。

「でも、寂しいのと、嫌なのは違うでしょう」

その言葉が印象に残った。

契約も引き渡しも、母は自分で確認した。

もちろん私も必なところでは相談に乗ったが、最の判断は母へ返した。

売却代が母の座へ振り込まれた、母は通帳を見せてきた。

「入ったわよ」

そこには、輔が千百万の借返済へ使おうとしたより、はるかにきな数字が記されていた。

私は通帳を閉じて母へ返した。

「事に使ってね」

「これ、どうしようかしら」

「お母さんのおだよ」

「分かってるわ」

母はし笑った。

「だから、今度はちゃんと自分のために使う」

「それがいい」

「旅もしたいし、膝の治療もしっかりしたい。それから、しい部のベッドもいいものにしたい」

私は笑った。

「全部やって」

母は通帳をバッグへ戻した。

「でも、全部使い切れなかったら?」

「そのはその考えればいいでしょう」

「昔の私なら、今から歩美に残す額を計算してたかもしれないわね」

「残すためにきなくていいよ」

母はしばらく黙り、目を細めた。

「そうね」

それは、輔と圭子の「いずれ歩美のものになる財産」

という考え方への、母なりの答えでもあった。

母の財産は、母がきるためにある。

当たりのことを取り戻すまで、私たちは随分回りをした。

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