みかん小説
本棚

"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第2話

差しされた実印と奪われた居所

の法が滞りなく終わったの初旬。梅けの蒸し暑い午のことだった。 寺から戻り、ふみ子の遺骨を墓に納めて自宅へ戻ると、と麗子が改まった顔つきで茶のの座卓の向かいに腰をろした。 が黒い革鞄から取りしたのは、何枚もの公な類と、印鑑登録証の申請用だった。

「父さん、今のことについて事な相談があるんだ」 は湯呑みを弄びながら、流暢な調で切りした。 「この横浜のだけどさ、今のうちに俺の名義に変更しておいた方が絶対にいい。父さんももうだろ? 万がのことがあってからじゃ、相続税の控除も受けられないし、預座も凍結されて続きがめちゃくちゃ面倒になるんだよ。りいの司法士にもう全部話を通してあるから、ここに実印を押してくれればいいからさ」 源次郎は差しされた類に目を落とした。細かな産登記事項や権利関係の条文がびっしりと印刷されていたが、と向きうことしからぬ職の目には、その法ないまでは判然としなかった。

そこへ、麗子がこれまで見たこともないような甘い声音でを挟んできた。 「そうですよ、お父様。このおも築数が経って、あちこちガタが来ているでしょう? いずれは世帯宅に建て替えて、私たち夫婦がお父様と同居しようって、さんと話しっていたんです。

広告

お母様がいなくなって、お父様がおで暮らすのは私たちも配で配で……」 「そうだよ父さん。俺たちと緒に暮らせば、飯の配もないし、何かあってもすぐ病院へ連れてける。族みんなで支えうのが番だろ?」

のその言葉に、源次郎の乾ききった胸の奥が、じんわりと温かくなった。 妻をくしてからというもの、このは底えするほど静まり返っていた。台所から聞こえていた野菜を刻む包丁の音も、庭のにをやるも、何つ聞こえない。夜、で布団に入れば、井の目を数えるばかりで朝を迎える々だった。 (も、俺のことを配してくれていたのか……) 「……そうか。おたちがそう言ってくれるなら、任せるよ」 源次郎は仏壇の引きしから古い朱肉と実印を取りし、言われるがままに類の数カ所へ印鑑を捺した。 その夜、源次郎はふみ子の遺のに座り、堵のため息をつきながらをわせた。 『ふみ子、たちが緒に暮らしてくれるそうだ。これで、おも配いらんだろう』 だが、遺ののふみ子は、どこか寂しげな差しで、無言のまま夫を見つめ返しているように見えた。

の終わり、と麗子が量の荷物を引き連れて引っ越してきた。 だが、その活が始まってわずか週、司法士事務所から名義変更完を告げる登記識別報通が届いたそのを境に、庭内の空気は音をてて変貌していった。

広告

あるの夕暮れ、源次郎が夕の支度をしようと台所へ入ると、エプロンをつけた麗子が振り返りもせず、ややかに言い放った。 「お父様、今からお事は別にさせていただきますね。さんも私も仕事柄、帰宅が規則ですし、お寄りのにわせていると主の精がつきませんので」 ダイニングテーブルの端に置かれていたのは、ラップをかけられたプラスチックのトレイだった。スーパーの惣菜売りで買ってきたらしい、油の浮いたたいコロッケがつと、変したキャベツの千切り。 その夜、居からはと麗子がホットプレートで級なり肉を焼き、ビールで乾杯する歓声と笑い声が漏れ聞こえてきた。源次郎は向きの畳で、えた飯に醤油を垂らし、静かに咀嚼した。

それだけではなかった。 翌朝、廊には源次郎の着やシャツが無造作に放りされた洗濯籠が置かれ、『お父様の分はご自分で回してください。移りすると困りますので』という麗子の殴りきのメモが貼り付けられていた。 さらにその数、居に置かれていたふみ子の仏壇が、源次郎の狭い畳の隅へと勝に移されていた。 『リビングをおしゃれな欧に模様替えしたいんです。お仏壇があるとお客様も呼べませんし、お父様のお部にあった方が、お母様も落ち着くでしょう?』 麗子は元だけに笑みを貼り付け、そう言い切った。

テレビを見ようとすれば「障りだから音量をげて」となじられ、呂に入ろうとすれば「さんが疲れて帰ってくるから番呂はけておいて」と追い払われる。 、額に汗して宅ローンを完済し、守り抜いてきたはずのがで、源次郎はを追うごとに、呼吸をする隙すら奪われていったのである。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: