みかん小説
本棚

"「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝" 第6話

鋸の響きとたちの差し

翌朝、の並みがみ始める午、源次郎のたなが始まった。 納の奥を探索すると、先代が遺した錆びだらけの鋸、鉈(なた)、鍬、そして古い製の梯子がそのまま眠っていた。 源次郎はまず、持参した油砥を取りし、何もかけて刃物を研ぎげた。刃先がの鋭い輝きを取り戻すと、朝に濡れる庭の刈りから着した。 歳の老体にとって、腰をかがめての鎌仕事は像を絶する苦だった。数分も刈り続ければ腰に焼けつくような激痛がり、膝がガクガクと震えす。それでも源次郎は、痛む腰を拳で叩きながら、歩歩、玄関へと続くを拓していった。

数、町へるコミュニティバスに乗り、物で釘や波板、障子、そして種苗で根と野沢菜の種、袋の米と信州噌を買い込んだ。 気が通ると、修繕の速度は段とがった。 梯子をかけて根に登り、割れた瓦をトタン板と防シートで丁寧に張り替え、腐した破板には防腐塗料を塗りねた。湿気を吸って波打っていた畳は庭に運びしての陽に晒し、破れた障子は桟(さん)を拭きしてから、糊を刷毛でく伸ばしてピンと張り直した。 吹きでを吹きかけると、がピンと引き締まり、暗く澱んでいた部のに、柔らかなのが気に満ち溢れた。

広告

集落のたちは、そんな源次郎の姿を、巻きに訝しげな目で見つめていた。 現、この集落に暮らしているのは、最でも代半、半が代の暮らしの老ばかりだった。 「ふみちゃんの旦さん、横浜からで来たらしいが、仕事ばかりしとるな」 「どうせ都会の楽だべ。信州のの厳しさをらんのだ。初がるに、音をげて逃げ帰るに決まっとる」 あぜをき交う老たちの囁き声は、に乗って源次郎のにも届いていた。 だが、源次郎は気にする素振りすら見せず、誰とすれ違っても、作業着の子を取って々とをげるだけだった。

変化が訪れたのは、に入り、裾の葉が燃えるようにづき始めた頃だった。 源次郎が畑の拾いをしていると、坂のから腰の曲がった老婆が、呂敷をかけたそうな漆器の鉢を抱え、息を切らしながら登ってきた。 隣にむ、ハツ(歳)だった。に夫をくし、息子は名古へたきり滅に戻ってこないという。 「……ふみちゃんの、旦さんかね」 ハツはち止まり、息をえながら源次郎を見げた。 「はい、佐伯と申します。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」 源次郎がのついたを払ってをげると、ハツは皺だらけの顔をくしゃくしゃにして笑った。

「よう来てくれたねえ。これ、したもんじゃないが、うちの樽からしたばかりの野沢菜漬けだ。べておくれ」

ハツを縁側に招き入れ、裏の湧で沸かした湯をすと、ハツは懐かしそうに柱を撫でた。 「ふみちゃんはね、さい頃はお転婆で、裏のを柄杓で何杯もんでは『ハツねえちゃん、このは甘いよ』って自しとったんだ……。あんたが来てくれて、このもんどるよ。……そういえばね、うちの玄関の引き戸が、ので敷居が歪んじまってね。けるたびにガタガタ鳴って、寄りには力が入らんで困っとるんだ」 「よろしければ、にでも見させていただけますか」 源次郎の静かな申しに、ハツは申し訳なさそうにを振ったが、職の瞳にある真摯なを見て、さく頷いたのだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: