"一等くじの切れ目" 第1話
「このくじ、もう度調べてください」
昭、埼玉県のはずれにある柳町商で、田子は等の気洗濯をにして、そう言った。歳末福引の櫓にはの丸との輪飾りががり、商会の岩崎周平が鐘を振りげたところだった。子供たちは洗濯のい胴を取り囲み、誰かが「おめでとう」と叫び、拍が細いの先まで広がっていった。
子は歳で、の子を育てていた。毎朝、井戸端に置いたのたらいで洗濯物を踏み洗いし、にはひび割れた指のから鹸が染み込んだ。赤ん坊こそいないが、歳の末娘は夜に布団を汚すことがあり、歳の久枝は学でだらけになって帰る。洗濯という品は、子が何も先の硝子越しに見てきた、の届かない暮らしだった。
「おかあちゃん、もらわないの?」
子の裾を引いたのは歳の修だった。母に付き添って来た女の美津も、頬を潮させていた。ごろ歳の美津は、計のしにするため放課を文具の伝いに費やし、では母の洗濯を受け持っている。あの子がぶのは当然だった。子自、鐘の響きを聞いた瞬には、本当に神様がの井戸から救いしてくれたとった。
けれど折りたたまれた角くじの角に、さな半形の切れ目を見つけた途端、びは喉に引っかかった。
広告
、商の裏で歳のから見せられたにも、同じ切れ目があったのだ。は文具『松葉堂』のみ込み員で、名を倉田真と言った。暮れので、は誰にも聞かれないように声を落としていた。
『もし、この切れ目のあるくじを見つけたら、黙って持ち帰らないでください。見違いなら、それでいいんです』
何を言うのか分からず、子が問い返すと、真は「まだ言えません」とをげた。おかしな頼みだったので忘れかけていた。それがいま、自分の指先にある等のくじとぴたりとなったのである。
「会さん。ほかのくじも見せていただけますか」
岩崎の鐘が止まった。隣にいた器主の川が笑い、「当たったが気悪がるとは珍しい」と言った。子は笑い返せなかった。抽選箱の底には何百枚もの角くじが入っている。が見えないはずのの角に、なぜ目印があるのだろう。
垣の端で真を探すと、は景品台のにっていた。子と目がった途端、真の顔が変わった。岩崎が「おい、倉田」と呼んだ瞬、は駄菓子の箱を倒し、へ駆けした。景品台の裏から男が追いかける。の鐘が誰かのに当たり、甲い音をてて畳へ転がった。
「今の子、何をしたんですか」
福引の、子はで補助券を数えていた。
噌、乾物、米で買い物をするたびにもらったさなを、枚ずつ糸で結んでいたのである。特売のには回りして買い物をし、しでも枚数が増えるように夫した。その様子を見て美津は、「お母さん、そんなに当てたいの」と聞いた。子は笑い、「当たるわけないだろうけど、くらい見たっていいじゃない」と答えた。娘がその、何も言わずを見つめていたことを、子はあとからいすことになる。
子が問うと、岩崎はようやくをいた。「のを持ち逃げしたんですよ。福引とは関係ない」。しかしそのは、子の等くじを受け取ろうと差しされたままだった。子はを握り、指をかなかった。背で修が、願の洗濯を指さして泣き始めた。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 104 -
完結第18話
剣を捨てない花嫁
八歳の春、父から「今日からお前は息子だ」と告げられた澄は、道場の跡取りとして剣だけを教え込まれて育った。だが十九歳の秋、待望の弟が生まれると、父は突然、借金の肩代わりと引き換えに彼女を久世家へ嫁がせてしまう。女らしい振る舞いができず、屋敷の人々に笑われる澄。そんな彼女に夫の春臣だけは優しかった。ある月夜、春臣から差し出された木刀を握った瞬間、二人の間に隠されていた七年前の縁が明らかになる。そして澄は、自分の婚姻にまつわる思いがけない秘密へと近づいていく。時代|歴史|親子関係|修羅場1.8万字5 211 -
完結第22話
大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起
大正11年、北陸の港町。旅回りの朝霧一座が芝居の幕を上げた瞬間、十五人の役者が客席に向かって土下座した。前売りの金は一座に届かず、衣装まで劇場に差し押さえられていたのだ。若い女優・志乃は、失われた金の行方を追い始める。やがて浮かび上がったのは、興行師の隠された借金と劇場主の不自然な勘定。さらに再起を懸けた公演を前に、看板役者が台本を持って姿を消してしまう。芝居も仲間も失いかけた志乃は、自分たちの手で新しい幕を開けようと決意する。時代|歴史|昭和2.8万字5 123 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 758