"一等くじの切れ目" 第6話
「美津がそんなことをするはずがない」。からた声は、自分でも驚くほどかすれていた。真は子を責めるような顔をせず、ただ「僕は止めたんです」と答えた。数、は所の裏で、岩崎が注文した特別なくじを折っていた。会は当、等の印のあるくじをりいの婦へ渡すよう真に命じたが、真は承できず、半形の切れ目を目印として子に見せたのだという。
「でも、娘はどうしてそれを箱へ?」
「子さんが洗濯のでを止めるのを、何度も見てたからです。あの子は、悪いことだって分かってました」
真はさらに話した。美津は、会が指定したくじと同じ形のものを作り、会準備の際に抽選箱のへ紛れ込ませた。母がを入れたに触れやすい所へ置いたらしい。それでも子が必ず選ぶ保証などなく、実際には偶然がきかった。「僕は箱をけるに気づきました。でも、係に言えば美津さんが捕まるとって……」。は最まで顔をげられなかった。
子は奥の部へき、眠っている娘の顔を見た。美津の枕元には学でも使っていた古い提げがあり、そのから赤い包装の切れ端がのぞいている。さい頃、娘は母が洗濯している脇にしゃがみ、「きくなったらを休ませてあげる」と言っていた。
広告
子はその言葉をいすほど苦しくなった。あの子は母を休ませるために、自分の指を汚してしまったのだろうか。
翌朝、子は美津を起こし、まだ暗い台所へ呼んだ。にはくがり、栄と子供たちは寝ていた。「あのくじを箱に入れたのは、あんたなのね」。美津はい黙っていたが、やがてさくうなずいた。子は叱ろうとした。ところが美津が最初に言ったのは、「ごめんなさい」ではなかった。
「回ぐらい、お母さんがいい目を見たっていいじゃない」
美津は初めて母の顔を正面から見た。夕べすすいだ着が、まだ台所の端に干されている。「ほかのは洗濯があるのに、どうしてうちのお母さんだけ毎朝で洗うの。会の奥さんなんか、買うおもあるのに当たりをもらうはずだったのよ」。女の目には涙がたまっていたが、声は止まらなかった。楽をさせたい相が目のにいるのに、母は正な等だという理由で拒んだ。それが美津には裏切りのようにえたのだ。
「誰の物でも、ずるをして取れば同じことだよ」
「でも、会さんだってずるをしてるじゃない!」
子は言葉を失った。娘の言うことは部正しい。初めから正な当たりを決めていたがいて、真や美津のような若い者がその伝いをさせられていた。
広告
けれど、それで自分たちが同じことをしていいわけではない。子は娘のを取った。で擦れた指の腹がざらついている。「洗濯は欲しい。でも、あんたにこういうことを覚えてほしくて働いてきたんじゃない」。娘はを引き抜き、そのままへりた。
台所のには、子が洗った作業着が干してあった。肩の布は何度も継ぎを当てられ、肘のところだけが違う。美津はそのを指さし、「お父さんにもしいのを買ってあげたい」と言った。子は「洗濯が当たったら、今度はも欲しくなるね」と軽く返しかけたが、やめた。欲しいものはいくらでもあり、どれも活を楽にするためのものだ。それでもに入れる方法を違えれば、品物を見るたび誰かがろめたいいをする。子は娘にそう話したが、美津はうつむいたままだった。
仕事へく背を見送りながら、子は気づいた。自分が守ろうとしているものが、町の福引の正しさなのか、それとも娘のこれからなのか、もう簡単には分けられなくなっていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第23話
白線の先の女たち
昭和三十九年、女子競輪が終わりを迎えようとしていた。三十四歳の佐伯久美子は、最後の地元決勝で優勝する。しかし彼女が真っ先に求めたのは、花束でも拍手でもなく、次の出走表だった。返ってきたのは、もう走る場所はないという答え。そんな久美子の前で、十九歳の新人・夏子は「私は来年も勝ちたい」と訴える。仕事、家族、怪我、そして失われた競走の舞台。走ることを諦められない女たちは、それぞれの暮らしを背負いながら、新しい一歩を探し始める。時代|歴史|昭和|ミステリー3.0万字5 104 -
完結第18話
剣を捨てない花嫁
八歳の春、父から「今日からお前は息子だ」と告げられた澄は、道場の跡取りとして剣だけを教え込まれて育った。だが十九歳の秋、待望の弟が生まれると、父は突然、借金の肩代わりと引き換えに彼女を久世家へ嫁がせてしまう。女らしい振る舞いができず、屋敷の人々に笑われる澄。そんな彼女に夫の春臣だけは優しかった。ある月夜、春臣から差し出された木刀を握った瞬間、二人の間に隠されていた七年前の縁が明らかになる。そして澄は、自分の婚姻にまつわる思いがけない秘密へと近づいていく。時代|歴史|親子関係|修羅場1.8万字5 211 -
完結第22話
大正11年、幕開けの土下座から始まった女優の再起
大正11年、北陸の港町。旅回りの朝霧一座が芝居の幕を上げた瞬間、十五人の役者が客席に向かって土下座した。前売りの金は一座に届かず、衣装まで劇場に差し押さえられていたのだ。若い女優・志乃は、失われた金の行方を追い始める。やがて浮かび上がったのは、興行師の隠された借金と劇場主の不自然な勘定。さらに再起を懸けた公演を前に、看板役者が台本を持って姿を消してしまう。芝居も仲間も失いかけた志乃は、自分たちの手で新しい幕を開けようと決意する。時代|歴史|昭和2.8万字5 123 -
完結第21話
昭和29年、棟梁が祝いの柱を割った理由
昭和二十九年、上棟式の朝。棟梁・源吉は、自ら建てた家の柱に異変を感じ、祝いの客の前で斧を振り下ろす。内部から現れたのは、黒く傷んだ木だった。 仕事も信用も失いかける中、娘が見つけた不自然な印と、材木置場の青年の証言から、粗悪材の印を改ざんして売る仕組みが明らかになる。しかし源吉自身も、十分に検品せず判を押していた。時代|歴史|昭和2.7万字5 758