"濁流の中のSOS" 第4話
事故ではない
サイレンはしずつづき、やがて崖ので止まった。いライトが暗くなり始めた川岸を照らし、拡声器を通した声が響いた。
「川岸にいるお、聞こえますか!」
私はわず凛のを握った。
救助隊だった。
オレンジの救助を着た隊員たちがロープを使って斜面をりてきた。私たちの体へ保温用のシートを巻き、「もう丈夫です」と何度も声をかけてくれた。その言葉を聞いて初めて、私は自分がどれほどく歯をいしばっていたのかに気づいた。
崖のには消防、救急、パトカーが並んでいた。けれど私たちのはなかった。夫が通報した形跡もない。凛のSOSを受けた姉が警察と消防へ連絡してくれたから、私たちは見つかったのだ。
病院では、ともい体温状態には至っていないと説された。私は全の打撲、凛はそれに加えて首を痛めていた。温かい毛布へ包まれ、点滴を受けているうちに、しずつ体の覚が戻ってきた。
夜になり、警察官が病へ来た。落ち着いた調の男性刑事で、私と凛から別々に話を聞きたいと言った。私はすぐにうなずいた。同じ部で聞かれれば、私は無識に娘を守ろうとして言葉を補ってしまうかもしれない。何より、歳の子どもに母親を守るための証言をさせたくなかった。
広告
「をりてからのことを、覚えている範囲で教えてください」
私はを抑え、見たことだけを話した。夫が増した川のくでを止めたこと。柵がくなっている所へ向かったこと。私たちが帰ろうとした、背にい衝撃を受けたこと。
「突きばしたのがご主だというところは、直接見ましたか?」
その質問には正直に答えた。
「いいえ。背側でしたから、押した瞬の顔は見ていません」
悔しかった。けれど嘘をつけば、かえって何も信じてもらえなくなる。私は呼吸をえ、続きを話した。
「でも、私のろには夫しかいませんでした。を滑らせた覚ではありません。両で、まっすぐ、く押された覚でした」
刑事は黙ってき留めた。
「それと……私たちが川へ落ちたあと、夫は助けに来ませんでした。通報もしていません。岸へがった、も消えていました」
言葉にすると、改めて恐ろしかった。仮に転落そのものが事故だったとしても、夫は妻と娘が激流へ落ちたのを見て、そのからったことになる。
翌朝、刑事が再び病を訪れた。
夫は夜、自宅へ戻ったところを捜査員に確保されていた。川で私たちを探していたわけでも、助けを呼んでいたわけでもない。普通にへ帰っていた。
「ご主は、事故だったと話しています」
刑事は慎に言った。
広告
夫の説は、事実と嘘を巧妙に混ぜたものだった。で面がぬかるみ、私と凛がを滑らせて川へ落ちた。夫は助けようとしたがにわず、で流へ先回りしようとした。途で携帯話を落とし、暗いで迷っているうちにが経った。その、歩いてへ戻った――。
聞いているだけで体がえた。
完全な作り話なら、すぐに崩れるかもしれない。だがも、ぬかるみも、増も、壊れた柵も実する。そのへ自分に都のいい説だけを差し込んでいた。
「嘘です」
私ははっきり言った。
「私は滑っていません。く押されました」
刑事は私に同調することも、夫を断罪することもしなかった。
「現の跡、の移、防犯カメラ、携帯話の通信記録や位置報。客観に確認できるものをつずつ調べます」
その言葉を聞き、私はしだけ息を吐いた。
庭のでは、声のきい夫がいつも勝っていた。何を言っても「だ」と片づけられ、最には私が謝って終わっていた。
けれど、ここはのではない。
事実と記録が残る所だった。
そして私はまだらなかった。
夫の嘘を崩すものが、すでに凛のポケットのに残されていたことを。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 0 -
完結第20話
消された十六番目の席
六十二歳の高田かず子は、亡き夫と二人で建てた家で、息子夫婦と暮らしていた。家事も生活費も負担し、家の中で自分の居場所を失いながらも、家族のために我慢を重ねてきた。ところが正月、十五人の親戚をもてなした末に、息子から「母さんの席はないから留守番で」と告げられる。嫁には「身内だけで楽しみたい」と笑われ、帰宅後の布団の準備まで押し付けられた。そんなかず子に、老舗寿司屋の大将から一本の電話が入る。因果応報|人生逆転|裡切られた|夫婦|親不孝|親子関係|修羅場2.6万字5 7 -
完結第20話
玄関のピンクのウサギ
六十歳の元教師・田島美香は、息子夫婦を助けるため、三年間にわたり孫の世話をしてきた。久しぶりに夫を驚かせようと自宅へ戻ると、玄関の暗証番号が変わり、見知らぬピンクのスリッパが置かれていた。台所から現れたのは、夫と二年近く暮らしていたという女性。さらに調べるうち、夫婦の貯金から消えた百五十万円、売られていた母の形見、そして自宅をめぐる恐ろしい計画が明らかになる。夫婦|裡の顔|第二の人生|修羅場2.8万字5 0 -
完結第10話
機内で私を叩いた息子の愛人、空港で知った私の正体
新氏グループの会長・玉金は、息子への株式譲渡を決意し、予定を早めて帰国する。ところが機内で、息子の婚約者を名乗る若い女に席を譲れと迫られ、頬を叩かれてしまう。しかも女の腕には、かつて玉金が息子の正妻・寄舟に贈った家宝の翡翠があった。息子に電話をかけても、返ってきたのは母を侮辱する言葉ばかり。怒りを抑えて空港に降り立った玉金を待っていたのは、愛人が用意した警備員たちだった。しかし、そこへ現れた寄舟の一言が事態を一変させる。裡切られた|嫁姑|第二の人生|親子関係|修羅場1.4万字5 20 -
完結第20話
「施設へ行け」と家を追われた七十五歳、亡き妻の山で見つけた宝
妻を亡くした七十五歳の佐伯源次郎は、一人息子の「一緒に暮らそう」という言葉を信じ、長年守ってきた自宅の名義を譲った。しかし、待っていたのは冷たい仕打ちと老人ホームへの入居命令だった。すべてを失った源次郎が向かったのは、亡き妻が幼い頃から愛した信州の山奥。荒れ果てた古民家を直し、畑を耕し、村人たちと心を通わせる日々の中で、妻が遺した「甘い水」に思いがけない価値が見つかる。相続|親不孝|親子関係|介護|金銭問題2.9万字5 32 -
完結第18話
箱詰めされた母の人生
義母のスマートフォンに届いた、夫・大輔からの一通のメッセージ。「歩美の母親のことは俺がうまく処理したよ(笑)」。不安に駆られた歩美が実家へ駆けつけると、母の幸子は一人で荷物を段ボールに詰めていた。しかも母は、娘に迷惑がられていると信じ込み、高齢者向け住宅への入居と自宅の売却を進めていたのだ。そんなことは一度も言っていない。夫はなぜ、母と娘の間に嘘を重ねたのか。書類に残された「1500万円」という数字から、九年間信じてきた夫の恐ろしい計画が明らかになっていく。裡切られた|怒り|嫁姑|絶縁2.2万字5 72