"玄関のピンクのウサギ" 第19話
田島美という名
塾の仕事を始めてもしないうちに、私の活は婚直とはまるで違うものになった。週回だけのはずだったのに、講師の研修、教材の見直し、保護者面談の助言まで頼まれ、気づけば週の半分は塾に顔をしている。井は目をき、徒数はわせて百くになった。私は拡を急ぐたびに「数字より授業を見なさい」と叱り、そのたび井は「先がいるから暴せずに済みます」と笑った。
そんなある、桜医療センターの子からではなく、県の教師協会から封が届いた。の教育活と、退職も域教育に関わっていることを理由に、表彰候補として推薦されたという。私は最初、誰かの冗談だとった。
「私、も孫の世話で教育現かられてたのよ」
井に言うと、彼は呆れたように笑った。
「教えて、休んだだけでしょう。それに今また教えてます」
「表彰されるほど派なことしてないわ」
「先は自分にだけ採点が厳しすぎます」
授賞式の、私は青いジャケットを着た。赤いブラウスを勧められたが、若い頃の写真をいしてやめた。過を否定するつもりはない。でも今の私は、歳の私とは違う。
会には昔の教え子が何も来ていた。子もではなくワンピース姿で現れ、「先、やっと受け取る気になりましたね」
広告
と笑った。岡本先も来てくれた。あの、腕輪を買い戻すために万円を貸してくれただ。私はすでに返済していたが、彼女にはお以のものを借りた気がしていた。
壇で名を呼ばれた。
「田島美先」
その瞬、胸の奥がくなった。
、私は妻であり、母であり、嫁であり、祖母だった。どの役目も切だったし、悔しているわけではない。でも、その役目のに隠れて、自分の名を自分で呼ぶことがなくなっていた。
賞状を受け取ったあと、い挨拶を求められた。私は用していた原稿を閉じた。
「私は、学で国語を教えてきました。退職してからは、孫の世話をしていました。そのに、教壇かられて初めて分かったことがあります。は、誰かのためにきることだけでなく、自分のを持つことも切だということです」
会が静かになった。
「教師として番嬉しいのは、賞をいただくことより、昔の教え子が元気でいることです。護師になった子も、を始めた子も、子育てに悩んでいる子もいます。私は皆さんに何かを与えたつもりでしたが、実際には私の方が何度も助けてもらいました。これからも、教える側と教わる側を分けすぎずに、と関わっていきたいといます」
拍が起きた。
広告
壇をりると、健からメッセージが届いていた。
《母さん、おめでとう。SNSで見た。誇りにう》
私は画面を度見した。息子から「誇りにう」と言われたのは初めてだった。
夜、に帰ってから話をすると、孫が先にた。
「おばあちゃん、賞もらったの?」
「そうよ」
「すごい!」
健に代わると、彼は照れくさそうに笑った。
「母さん、今の方がより元気そうだな」
「は元気じゃなかったみたいに言わないで」
「違うって。今は……なんていうか、自分の顔してる」
その言葉が番嬉しかった。
話を切ったあと、私は賞状を棚にてた。隣には母の翡翠の腕輪を入れる箱がある。
鏡のの私は歳。皺も髪も増えた。でも、以より自分の顔が好きだった。
ここにいるのは森本信之の妻でも、健の母でも、誰かの祖母でもない。
もちろん、それらのをきてきたのではある。
けれど名をつだけ言うなら――田島美。
ようやく私は、その名でっている気がした。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
亡霊の専属運転手
かつて海外の特殊部隊で「ファントム」と恐れられた神代美央は、戦場を離れ、平穏な人生を求めて大企業の会長専属運転手に応募した。しかし最終面接で待っていたのは、「女に会長を守れるわけがない」と嘲笑する副社長と、十一人の屈強な男たち。美央だけが、彼らのスーツの下に隠された拳銃に気づいていた。やがて現れた鷹司会長は、美央の履歴書を見た途端、激しく震え始める。職場逆転|真実|真相|第二の人生1.5万字5 2 -
完結第20話
消された十六番目の席
六十二歳の高田かず子は、亡き夫と二人で建てた家で、息子夫婦と暮らしていた。家事も生活費も負担し、家の中で自分の居場所を失いながらも、家族のために我慢を重ねてきた。ところが正月、十五人の親戚をもてなした末に、息子から「母さんの席はないから留守番で」と告げられる。嫁には「身内だけで楽しみたい」と笑われ、帰宅後の布団の準備まで押し付けられた。そんなかず子に、老舗寿司屋の大将から一本の電話が入る。因果応報|人生逆転|裡切られた|夫婦|親不孝|親子関係|修羅場2.6万字5 7 -
完結第10話
機内で私を叩いた息子の愛人、空港で知った私の正体
新氏グループの会長・玉金は、息子への株式譲渡を決意し、予定を早めて帰国する。ところが機内で、息子の婚約者を名乗る若い女に席を譲れと迫られ、頬を叩かれてしまう。しかも女の腕には、かつて玉金が息子の正妻・寄舟に贈った家宝の翡翠があった。息子に電話をかけても、返ってきたのは母を侮辱する言葉ばかり。怒りを抑えて空港に降り立った玉金を待っていたのは、愛人が用意した警備員たちだった。しかし、そこへ現れた寄舟の一言が事態を一変させる。裡切られた|嫁姑|第二の人生|親子関係|修羅場1.4万字5 55 -
完結第13話
濁流の中のSOS
夫と十三歳の娘・凛と買い物へ出かけた私。ところが夫は突然、増水した川へ車を走らせ、帰ろうとした私たちを激流へ突き落とした。必死にもがく私の手をつかみ、「お母さん、もがかないで!」と叫んだ凛。その言葉に従い、二人は奇跡的に生き延びる。だが、夫は救助もせず姿を消していた。裡切られた|夫婦|裡の顔|真相|親子関係1.9万字5 45 -
完結第18話
「少しくらい困ればいい」母をSAに置き去りにした夫の本当の狙い
家族旅行の帰り道、夫の雅人は、足の悪い七十四歳の義母・澄江をサービスエリアに置き去りにした。「少しくらい困れば、次から早くなる」。息子まで夫に同調する中、妻は必死に母を捜す。ところが、母のバッグから見つかったのは、本人が知らない老人ホームの入居申込書だった。さらに、夫が管理していた母の預金、身に覚えのない介護記録、そして車内カメラに残された会話から、旅行そのものが仕組まれていた疑いが浮かび上がる。夫婦|親不孝|第二の人生|親子関係|金銭問題2.3万字5 1535 -
完結第20話
花嫁のいない結婚式
結婚式を翌日に控えた長谷川由衣は、胃痛を訴える婚約者・黒田瞬のために、心を込めて雑炊を作っていた。ところが彼の部屋の前で耳にしたのは、「あいつはただの身代わりだ」という残酷な本音。三年間の愛情も、婚約指輪も、純白のドレスも、すべて元婚約者の代わりだったと知った由衣は、誰にも告げず空港へ向かう。翌朝、二百人の招待客が待つ式場に花嫁は現れなかった。人生逆転|真実|裡の顔|第二の人生|修羅場2.9万字5 444