みかん小説
本棚

"消された十六番目の席" 第6話

枚のき置きと幹線

受話器を握りしめたまま、私の指先は微だにできなくなっていた。 将の声が、静まり返った台所に響き渡る。

「……席がなかったんじゃない。あの子たちが……最初から、私を排除するために席を消したのね」 『そうだよ、かず子さん! 俺はずっとおかしいとってたんだ。正幸さんがきてた頃、あんたがどれだけ嬉しそうに座敷の真んで穴子を頬張ってたか、俺がらねえはずがねえ! それを「混みが苦」だの「にいたい」だの……! 今すぐに来なよ、座敷の端に席をつ作ってやるから!』

「いいえ、将。ありがとうございます……でも、きません」 私の声は、自分でも驚くほど静かで、氷のように透き通っていた。 「将、つだけお願いがあるの。今、親戚のに、連(れん)君という学の男の子がいるでしょう? あの子、穴子をべたことがないって昼に言っていたの。……私の代わりに、び切りの穴子をつ、あの子に握ってあげてくれないかしら」 受話器の向こうで、将が息を詰まらせ、やがてく『……分かった。最の戸を握ってやるよ』と答えて話を切った。

点と点が、本の太い線となって繋がった。 の朝、玄関先で「はい、数のことで……それで丈夫です」と携帯に囁いていた麻美の姿。 翌に「の夕方は何か用事あります?」

広告

と探りを入れてきた、あの気な笑顔。 そして、敏さんが私に言おうとしていた「良いこと」の正体。 敏さんは、輔たちが私を驚かせるためにサプライズで寿司を予約したのだと信じ込まされていたのだ。だからこそ、私に内緒にし、麻美の「お母さんには当のお楽しみにしたい」という嘘に協力してしまった。

すべては、仕組まれていたのだ。 私に正客の準備と仕をすべて無償で押し付け、用が済めば「本の希望で留守番」という汚名を着せて放りす。 そして、親戚たちのでは「物忘れの始まった気難しい義母」を演し、自分たちは親孝な若夫婦の仮面を被る――。

「もう、たくさんだわ」

私はへ向かい、箪笥のから、夫と最に旅したに使ったぶりなボストンバッグをろした。 詰め込んだのは、財布、の通帳、実印、健康保険証、常備薬、そして数分の着替え。 最に、仏壇の横に飾ってあった夫の遺を写真てごと取りし、綺麗なハンカチで幾にも包んで、バッグの番に切に納めた。 位牌と先祖代々の過帳は、そのまま仏壇に残した。私が持っていくべきなのは、私と夫の尊厳だけだ。

客用の布団が積みになった押し入れので、私は瞬だけち止まった。 (子供たちのためだけにでも、布団を敷いていくべきかしら……) だが、すぐに首を横に振った。

広告

ここで私が布団を敷いていけば、私は永に「都のいい政婦」のままだ。子供たちには、それぞれの親がついている。が責任を取るべきなのだ。

台所のダイニングテーブルに向かい、い便箋を通取りした。 万のインクを滑らせ、震えないで文字を刻み込む。

『輔へ。 留守番はできません。 どうぞ、内だけで楽しくお過ごしください。 私も、自分の好きな所で過ごすことにします。

追伸:布団は、自分たちで敷いてください』

便箋は封筒に入れず、帰ってきた者たちが真っ先に目にするテーブルの央に、堂々と広げて置いた。 午分。 何かに夫が買ってくれた切な紺のウールコートに袖を通し、玄関の鍵をしっかりと閉めた。 鍵は輔も麻美も持っている。私が締めされる筋いはあっても、彼らが締めされることはない。

駅までのたい夜を、私は、背筋を伸ばして歩いた。 駅の角を曲がると、寿司『吉川』の階座敷の窓に、煌々とかりが灯っているのが見えた。賑やかな笑い声が、の夜空に微かに漏れ聞こえてくる。 私はその窓を瞥することもなく通り過ぎ、改札へと直した。

宮駅で・越幹線の乗り換えを抜け、陸幹線『かがやき』の指定席券を購入した。 ホームでスマートフォンを取りし、沢にむ実の姉・照代(てるよ・歳)にメッセージを送る。

『姉さん、今から沢へ向かいます。半過ぎに着く予定です』 すぐに返信のベルが鳴った。 『駅までタクシーで来なさい。お呂を沸かして待ってるわ』

幹線のドアが閉まり、滑るように列が加速を始めた瞬、私はスマートフォンの源を押しし、完全に切った。 画面が真っ暗になると同に、私の胸の奥に、かつてないほどの澄み切った静寂が広がっていった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: