みかん小説
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"昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由" 第1話

箸を置いた

「いただきます」と言う声が、その晩に限ってつも聞こえなかった。昭、信州の瑞寺では、京から集団疎してきた子どもたちの夕飯が、いつものように本堂の隅へ運ばれていた。麦のい飯がさな椀に盛られ、噌汁には根の葉が切れ浮いている。腹を空かせた児童にとっては、それでも待ちしい事のはずだった。

寮母役を引き受けていた寺の、吉野しのは、配膳を終えると妙な静けさに気づいた。男子も女子も膝のにを置いたまま、誰箸を取らない。窓のでは枯らしが杉の枝を鳴らし、廊に据えた油ランプの炎が細く伸び縮みしていた。しのはぬぐいで濡れたを拭き、「どうしたの。めてしまうでしょう」と声をかけた。

の宮田正雄がちがった。歳の正雄は、京の川で印刷をしている父から、発のに「さい子のことを頼むぞ」と言われていた。だからといってで目つ子ではない。教師のでは必なことしか言わず、寝るには級の布団を直して回る、そんなだった。

「だけ、まだべていません」

しのは戸惑って、子どもたちの顔を数えた。毎の欠はでつけてある。今夜も事用の膳は組そろい、末席には寺で炊事を伝う里の娘、歳のたかが臨に座っていた。

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だが疎児童として卓についているのはだった。「妙ちゃんの分はれへ持っていきましたよ。あの子はがあるから、別の部です」としのは説した。

「持っていったのは粥だけでしょう。昨も、おとといも、あの子のところに飯を運ぶを見ていません」。正雄の隣に座るの節子が言うと、ほかの子も頷いた。歳の妙子は、からをし、母とは別棟の部で寝かされていた。べ物がりないせいで病にまで分けられないのではないか――昨夜、正雄たちは布団ので話しったのだった。

しのの顔が険しくなった。「病気の子を見世物にするつもりなの。べられる物はちゃんとべさせています」。しかし正雄は座らなかった。寺へ来てからか、椀の飯はしずつさくなっていた。京では空襲が怖かったが、ここでは夜ごと腹の虫が鳴る。歳の弟分、郁夫は先週、芋の皮まで拾ってべようとして叱られたばかりだった。

「妙子がべていないなら、僕の分を持っていってください。僕だけじゃなくて、みんなしずつせます」。正雄がそう言うと、節子が椀を押した。の子までそれに倣い、麦飯の椀が畳の央へしずつ滑っていく。しのは目を丸くした。分ける米が余っていないことを、彼女は誰よりっていた。

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「駄目よ。決められた分を勝にかしてはいけません」。しのが椀を戻し始めたところへ、担任の井修平が入ってきた。歳の井は京の国民学から子どもたちを引率してきた教師で、当でも毎朝、算術と国語の授業を続けていた。事の騒ぎを聞いて来たらしく、には席簿を持っている。

「正雄。妙子は別の部で療養している。皆がべない理由にはならないぞ」。井は鳴らずに言った。正雄はその言い方がかえって怖かった。「先、だったら妙子の茶碗を見せてください。あの子がちゃんとべられているなら、僕らもべます」。井は答えなかった。いつもすぐに答えを教えてくれる先が、初めてをかけて言葉を選んでいるようだった。

末席のたかが、に膝をそろえた。「私、ここに座っちゃいけなかったんですか」。その声を聞いて、正雄はようやく数の違いに気づいた。今夜の膳は。しかし寺にいる疎児童はで、そのうちはれにいる。なのに、事の記録では全員がここでべたことになっていた。

井がしのに向かって言った。「たかさんを台所へ戻してください。子どもたちには私から話します」。たかがつと、彼女の椀だけはほとんどつかずだった。正雄は、その椀に麦飯ではなく、く煮た根の切れ端しか入っていないことを見た。

数をそろえるための膳なら、どうして置いてあるのか。

「今夜はべなさい。、妙子のところへ皆の気持ちを伝えよう」。井はそう言って席簿を閉じた。だが誰も箸を取らなかった。やがて井の背で障子が静かにき、寺の職・玄がい声で言った。「井先。先に、台所の米の数を話した方がよいのではありませんか」。

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