みかん小説
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"泥の作業着と誇り" 第5話

ロビーの靴音と青ざめた幹事

階の広々としたホテルのロビーは、階の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

理のには柔らかな接照が反射し、ガラス張りの自ドアの向こうには、お盆の帰省客でき交う駅ロータリーののヘッドライトが流れていた。

咲はロビーの隅にある革張りのソファーにく腰をろし、膝のに置いたバッグをぎゅっと抱きしめた。洗いの鏡で確認した自分の顔は、青ざめ、唇の端が微かに張っていた。

ポケットので、スマートフォンがく振した。

画面をくと、からの簡潔なメッセージが表示されていた。

『着いた。ロータリーの端に止めてる。ロビー入るか?』

刻は午分。

予定よりもしい。咲は画面を見つめたまま、激しい葛藤に襲われていた。

もしをこのロビーに呼べば、どうなるか。

は違いなく、畑から直接やってくる。のついた作業着に、すり減った靴。もし、宴会を終えて次会へ向かう同級たちがエレベーターからりてきたら——。

「また、笑われる」

今度は夫の姿を直接見られ、さらに酷い言葉を浴びせられるかもしれない。

『で待ってて。すぐくから』

そう返信しようとして、咲の指が止まった。

——私は今、何を恐れているの?

が作業着で来ることが恥ずかしいのか? のついた靴を、あのたちに見られるのが怖いのか?

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違う。絶対に違う。

「私はさっき、あのたちのであののことを『自の夫』だと言った。そので、今、あのを隠そうとしているの……?」

それは、自分自を裏切る為だった。あの酷な笑い声をげたレナたちと、同じ平につことだった。

咲は震える指先で、打ちかけた文字を消し、言だけ打ち直した。

『お願い、ロビーに来て』

送信ボタンを押すと、すぐに『解』と文字だけ返ってきた。

分。ホテルの自ドアがき、夜の温かいとともに、の柄な男が入ってきた。

ロビーの空気が、微かに揺らいだ。

紺の作業着。胸元には褪せた『佐々』のい刺繍。ズボンの膝からは乾いた赤でっぽく汚れ、靴の縁にもがこびりついている。顔だけはで乱暴に洗ってきたらしく、額から顎にかけて焼けの跡がくっきりと浮きていた。

洗練されたホテルのロビーには、あまりにも釣りいな、の匂いを纏った男。

「みさ」

が咲を見つけ、に歩み寄ってきた。

「待たせたな。駐がいっぱいで」

「ううん……来てくれて、ありがとう」

の顔を見た瞬、咲の目がくなった。夫の顔には、朝から以もと格闘してきた疲労がく刻まれていた。それなのに、呼びせば嫌な顔つせず、駆けつけてくれる。

そのだった。

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チーン、という子音とともに、基のエレベーターの扉が斉にいた。

「じゃあ次会、駅のカラオケねー!」

「神崎さん、タクシー呼びましょうか?」

笑い声をげながら吐きされてきたのは、宴会にいたあまりの同級たちだった。予定よりく締めとなり、全員がロビーへとりてきたのだ。

そして、先を歩いていたレナの線が、ソファーのにつ咲とを捉えた。

「……嘘でしょ?」

レナの甲い声が、静かなロビーに響き渡った。

「ちょっとみんな見て! 本当に作業着で来てるんだけど! だらけの靴でホテルのロビーに入ってくるとか、常識なさすぎじゃない!?」

瞬で、同級たちの線がへと集した。侮蔑、嘲笑、好奇の目。

は自分の靴を見ろし、絨毯を汚さないよう、そっとを引いてタイルののへと退いた。その控えめな仕が、咲の胸を激しく締め付けた。

咲が歩にて、を庇うようにち塞がろうとした、その刹だった。

混みの方から、名札の箱を抱えた幹事の拓也がびしてきた。

の線がに留まった瞬、その顔からサーッと血の気が引き、持っていた箱を取り落としそうになりながら叫んだ。

「……さ、佐々社……!?」

ロビーの嘲笑が、ピタリと止まった。

「え……? 君、誰が社って……?」

レナが眉をひそめて振り返る。

しかし、はレナの言葉などに入らない様子で、直の姿勢のまま、のに駆け寄って々と度の最敬礼を繰りした。

「佐々社! 沢品の営業、です! い、いつも変お世話になっております!」

声が裏返っていた。

はし困惑したように眉を寄せ、を軽くげた。

「ああ……沢品のさん。いつも畑まで来てくれてるね」

「は、はい! 根の仕入れ枠の件で、ずっとお願いに伺っているです! ……えっ、藤井さんの旦さんって、佐々ファームの佐々社だったんですか!?」

が絶叫にい声をげた。

そのにいた同級たちの顔が、斉に張り始めた。

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