"消えた十一丁の鍬" 第8話
鉄はうほどくない
信は夜更けまでの図を描き直した。父の打った具は形がよく、板を押さえる所も考えられていた。だが元がくなった鍬の刃であることをっているから、信にはどうしても気がかりな箇所があった。く叩いて曲げた角が、分なみを残していない。の力を受け続ければ割れるかもしれない。
翌朝、徳兵に試してもらおうと頼んだ。父は最初「何鍛冶をしてきたとう」と嫌になったが、信は引きがらなかった。「実物を取り付けてから折れれば、佐代さんの田が沈む。壊れるなら、ここで壊して確かめよう」。お勢が見守る、はと同じ幅のを組み、具を固定して力をかけた。
最初の度は持ちこたえた。度目も音をてなかった。度目、信がりを増やすと、具の曲がり角にさな亀裂がった。度目には乾いた音をてて割れた。徳兵は折れた鉄を掌に載せ、いかなかった。
「刃がいのは分かっていた」と徳兵はく言った。「分かっていながら、形にすれば何とかなるとった」。信は折れのを見て、父の仕事のさだけで済ませられない限界があることをった。にかけたも、槌を打った数も、材料のりなさは埋められない。それでも父を責める言葉を並べるより、次に何を作るか考えたかった。
広告
の音はくで変わらず続いていたからである。信も勝ったという気持ちにはなれなかった。父が晩かけて作った物が役にたないと分かっただけで、問題はつも解決していない。
「炉のがすぎたのかもしれん」と父が言った。「それだけじゃない。材料がもういんだ。別の鉄を探さないと」。信は修理で見た部材をいした。軸のにはい物を支えるための丈夫な鉄があり、廃になった荷から取れれば、具の所には使えるかもしれない。ただし持ち主があり、勝に使うわけにはいかない。
槻を訪ねると、れの運送に使わなくなった荷があると教えられた。だが運送は既に廃鉄の引取りを田へ約束しているらしい。「国へす鉄を横取りするように見えれば、余計な騒ぎになる」と槻は言った。信は町へて、品物の扱いと修理用に購入できるかを確かめる決をした。
その夜、母のお勢はの夕飯にい噌汁をした。「お父さんは昔から、誰かが困っていると先に自分で決めてしまう。いいことをしているつもりのほど、には聞かない」。徳兵は聞こえないふりをしていたが、お勢は続けた。「信も似ているよ。じゅうの具を番号で並べれば、皆が言うことを聞くとっていたでしょう」
。信は笑えなかった。
「じゃあ、どうすればいい」。息子の問いに、お勢は静かに言った。「に聞くしかないのよ。面倒でも、責められても」。父子はしばらく鉢を見つめた。炉から聞こえるのは、鉄を打つ音ではなく、えていく炭のさな音だけだった。
翌朝、信が町へ向かう荷に乗ろうとすると、佐代が駆けてきた。借りた鍬の柄が昨の仕事の途で折れたという。幸い怪はなかったが、貸したの主が弁償を求めている。信は町へくを止めた。の具を借りれば、次には借りること自体が争いの種になる。母の言う「に聞く」とは、ったより難しい仕事だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第22話
大正十四年、卒業式で制服を脱いだ三十七人――母の署名に隠された秘密
大正十四年、信州の私立女学校。卒業を控えた小林操は、式服の代金を払えない七人の同級生が、記念写真から外されると知る。卒業式当日、三十七人の少女たちは一斉に紺色の上衣を脱ぎ、学校の決定に抗議した。しかし校長は卒業証書の交付を拒否。さらに、式服を仕立てた十二人の女性たちにも賃金が支払われていないことが明らかになる。しかも、学校の注文が取り消された場合の弁償書には、操の母の署名があった。友人を守るための行動が、なぜ母たちの暮らしを脅かすことになったのか。時代|歴史|昭和3.0万字5 4 -
完結第23話
昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇
昭和53年7月30日。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ切り替わった朝、55歳のバス運転手・新垣清徳は、32人の乗客を前に始発の発車を拒んだ。用意された旧型バスは、乗降口が車道側に開く危険な車両だったのだ。しかし欠便を恐れる主任は、若い運転手にその車を出すよう命じてしまう。やがて坂下から届いたのは、一人の少年が負傷したという知らせ。なぜ危険だと分かっていたバスが走ったのか。清徳は息子や同僚たちとともに、事故の責任と、誰も気づかなかった道路の危険に向き合っていく。職場逆転|時代|歴史|昭和|裡の顔3.0万字5 16 -
完結第20話
昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由
昭和十九年、信州の寺に集団疎開した子どもたちが、ある晩、いっせいに箸を置いた。「一人だけ、まだ食べていません」。病に伏せる少女・妙子の食事を案じた十二歳の正雄は、食卓に並ぶ膳の数に奇妙な違和感を覚える。やがて納屋の柱に刻まれた米俵の数、届かない食糧、教師の印が押された受領書が浮かび上がる。さらに役場の名簿には、寺で暮らす八人の子どもが翌月から消されることになっていた。誰が、何のために食糧と子どもたちの名前を動かしているのか。時代|歴史|昭和|真実|真相2.8万字5 90 -
完結第22話
空の米びつと一合の嘘
昭和二十三年、大阪の小さな米屋で、女将のフミが配給米を一合ずつ少なく渡しているという噂が広まった。怒った住民たちが店へ押しかけ、米を隠しているはずの台所を調べると、そこにあったのは空っぽの米びつと薄い麦粥だけだった。なぜ客の米を減らしながら、自分の子どもにさえ白いご飯を食べさせられないのか。母の沈黙を不審に思った長男・勇一は、配給帳と運送記録を調べ始める。やがて浮かび上がったのは、途中で姿を消す米袋、受け取っていないのに押された印、そして二年前に亡くなった父の署名だった。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 69