"大正十四年、卒業式で制服を脱いだ三十七人――母の署名に隠された秘密" 第10話
さな試着会
に入ると町のはほとんど消え、商の軒先にも物の布が掛かるようになった。卒業式が断されてほど経っていたが、操たちはまだ証を受け取っていない。環はので伝いを始め、鶴子は妹たちの面倒を見ながらの仕事を覚えた。操は宮裁縫所へ通い、裾直しと採寸の伝いをしていた。
はるが提案したのは、の階でさな試着会をくことだった。式を着るのが嫌な者ばかりではないこと、完成したが役につことを、実際に見てもらおうというのだ。学へ許を取る必のない、女たち自の仕事での催しである。
当、操たちは教にあった鏡を借りず、裁縫所の古い姿見を拭いて使った。縫いたちはの袖丈を伸ばしたり縮めたりして、着を別の体形の女へ着せてみせた。分もあれば丈直しができるものもあれば、肩幅から直さなければならないものもある。
「着をく使うというのは、簡単なことじゃないんですね」と環が言うと、はるは「そうさ。その仕事を誰かが無償で引き受けるなら、また女のばかり損をする」と返した。操はその言葉をにき留めた。
見学に来たのは同級だけではなかった。娘を女学へ入れようか迷っている母親や、裁縫仕事を探している若い女性、学の用品を扱う文具の主も来た。
広告
ある母親は「着物を調するよりく済むなら借りたい」と言い、別の母親は「娘がの着たを嫌がるだろう」と配した。見が違っても、誰も追い返されなかった。
試着会の終わり頃、居援会が入ってきた。聞で催しをり、様子を見に来たという。「女学の品位を、古着の貸し借りにしてしまうのか」と険しい顔で言った。操は震えながらも、「しいを着たいを否定するのではありません。着られないを式からさない方法を探しています」と答えた。
居は並んだを着取りげ、裏をめくった。そこにははるたちが付けたさな糸印があった。「これでは借り物だとすぐ分かる」と言う居に、ちせが返した。「印は直すのために必です。借り物と分かって、何がいけませんか」。
居は答えに窮したが、すぐ別の問題を指摘した。「学の援会が支払えば、今度はを買った保護者から公平だと言われる。皆が納得する案ではない」。操はそこで初めて、父兄のを勝に使えない事を理解した。誰かを救うために、別の誰かのを断りなくかしてはいけない。
試着会が終わると、はるはずつ希望をき込んだ。私物として買い取りたい者、貸しし用にしたい者、すぐには決められない者。それぞれの希望を並べると、着のき先はつではないと分かった。
その夜、操と環は支払いの相談に向け、初めて自分たちできなに仕組みを描いた。誰がを持ち、誰が直し、誰がいつ代を払うのか。そこへ学がなくても回る方法を考えようとしたのである。しかし着のうち着について、すぐに買い取れるがいると判した方、残る着の費用は誰も引き受けていなかった。
操はその数字を見つめた。形になった希望は確かにある。しかし希望だけで縫い賃が払えるわけではない。はるたちの女がも暮らしていくためのを、どこからどうかせるのか。それが次に解かなければならない問題だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第22話
消えた十一丁の鍬
昭和十七年、山形県の小さな山村。金属回収が進むなか、老鍛冶屋の徳兵衛は、村人から預かった二十七丁の鍬を納屋に隠し、「一丁も渡さん」と言い張った。父の頑固さに反発する息子・信一は、持ち主へ農具を返すため、一丁ずつ修理の予定を立て始める。ところが翌朝、十一丁の鍬から鉄の刃だけが消えていた。父が密かに作っていたのは、村の水門を守るための金具だった。しかし、その水門には誰も知らない危険が隠されていた。時代|歴史|昭和2.8万字5 10 -
完結第23話
昭和53年、満員の始発を止めた運転手――その後、坂道で起きた悲劇
昭和53年7月30日。沖縄の交通が右側通行から左側通行へ切り替わった朝、55歳のバス運転手・新垣清徳は、32人の乗客を前に始発の発車を拒んだ。用意された旧型バスは、乗降口が車道側に開く危険な車両だったのだ。しかし欠便を恐れる主任は、若い運転手にその車を出すよう命じてしまう。やがて坂下から届いたのは、一人の少年が負傷したという知らせ。なぜ危険だと分かっていたバスが走ったのか。清徳は息子や同僚たちとともに、事故の責任と、誰も気づかなかった道路の危険に向き合っていく。職場逆転|時代|歴史|昭和|裡の顔3.0万字5 25 -
完結第20話
昭和19年、三十二人が夕飯を拒んだ理由
昭和十九年、信州の寺に集団疎開した子どもたちが、ある晩、いっせいに箸を置いた。「一人だけ、まだ食べていません」。病に伏せる少女・妙子の食事を案じた十二歳の正雄は、食卓に並ぶ膳の数に奇妙な違和感を覚える。やがて納屋の柱に刻まれた米俵の数、届かない食糧、教師の印が押された受領書が浮かび上がる。さらに役場の名簿には、寺で暮らす八人の子どもが翌月から消されることになっていた。誰が、何のために食糧と子どもたちの名前を動かしているのか。時代|歴史|昭和|真実|真相2.8万字5 111 -
完結第22話
空の米びつと一合の嘘
昭和二十三年、大阪の小さな米屋で、女将のフミが配給米を一合ずつ少なく渡しているという噂が広まった。怒った住民たちが店へ押しかけ、米を隠しているはずの台所を調べると、そこにあったのは空っぽの米びつと薄い麦粥だけだった。なぜ客の米を減らしながら、自分の子どもにさえ白いご飯を食べさせられないのか。母の沈黙を不審に思った長男・勇一は、配給帳と運送記録を調べ始める。やがて浮かび上がったのは、途中で姿を消す米袋、受け取っていないのに押された印、そして二年前に亡くなった父の署名だった。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 80