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"離婚裁判で7歳の娘が見せた秘密の映像" 第11話

写真に写らない

裁判が始まるまでの数か、私は毎同じ刻に娘を起こし、朝を作り、学へ送りした。健太郎とは必な連絡だけを文で交わし、庭内での論を避けた。夫は相変わらず私を無したが、娘のでは「パパはいつでも柚の方だよ」と繰り返した。柚は以ほど無邪気にばず、私と夫の顔を交互に見てから、さく「うん」と答えるようになった。

藤先は、夫側の写真を撮順に並べた覧を作った。散らかった台所の写真は、私がをしていたに集していた。病院へっていなかったことは利だったが、娘の連絡帳には私が体調を崩しているといてあり、所の薬局で解剤を買った記録も見つかった。何より写真の翌週には、同じ台所がった状態で写る学提用の庭学習写真があった。

「汚れた皿があったことは否定しません。そのだけで、の活を決めつけないでほしいんです」

私は裁判の準備でそう話す練習をした。以の私なら「私はいつも完璧に事をしていました」と言い張っただろう。だが完璧な母親などいないし、をせば皿も洗えない。藤先は「失敗が度あったかではなく、常の養育がどうだったかを見てもらいましょう」と言った。私はその言葉を信じた。

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回目の弁論では、双方の主張と提類が確認された。私が像していたような、弁護士が叫びう面はなかった。裁判官は類のを指摘し、次回までに補うよう求めた。夫の川弁護士は、私のカード利用と瀬名の見をしていると説した。私はその名がるたびに背が張ったが、顔をげてメモを取った。

休廷、廊で健太郎がづいてきた。「まだやるのか。裁判が引けば、柚がかわいそうだぞ」。私は「娘のことを話すなら、弁護士を通してください」と答えた。夫はで笑った。「おは自分が負けるまで分からない」。私はそのでち止まらず、エレベーターに乗ってから刻を記録した。娘のためと言いながら娘の気持ちを聞かないに、もう説を求めるつもりはなかった。

提した資料のには、柚がになったの連絡帳もあった。学に慣れず朝になると泣いた娘を、私は毎しく起こして緒に歩いた。健太郎はその頃、張が続いていた。私は夫を責めるためではなく、娘がどんな支えを必としていたかを説するために、その記録を残した。藤先は「常の具体性は、派な写真より切なことがあります」と言った。

その週末、美が私のために古いノートパソコンを持ってきてくれた。

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経理の仕事に戻る練習ができるよう、使わなくなったものを初期化してくれたのだ。私は久しぶりに表計算の関数を使い、計簿の数字を理した。柚は隣で折りをしていたが、画面を覗いて「ママ、数字、すごく速いね」と言った。私は笑って「昔はこれがお仕事だったんだよ」と答えた。

娘はし考え、「パパは、ママは何もできないって言うよ」とつぶやいた。私はを止め、「パパがそうっていても、ママにできることはあるよ。柚にも、まだらない得なことがいっぱいある」と言った。柚はの端を丁寧に折り、黄い鳥を作った。「じゃあ、柚も自分で決めていい?」。私は「もちろん」と答えたが、娘が何を決めようとしているのかは聞かなかった。

翌朝、藤先から、瀬名の見に添付された請求の写しが届いた。額は万円。夫がリベルテ企画へ送った千百万円のうち、見の作成費として説できるのは、なくともその類では万円だけだった。残りの千百万円について、夫は何も説していなかった。

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