"磨かなかった靴" 第7話
の片隅
に移って初めての、信吉は靴磨きの箱をつだけ並べた。区画が狭いうえ、靴墨がりなかったからだ。常夫は先を掃き、利夫は客へ値段を説する。健太は見慣れた磨き台に座ったが、通りかかるは野菜や魚を買うのに忙しく、誰も革靴の汚れを気にしていなかった。昼を過ぎても売りげは円にとどまった。
「この所なら、なくとも今追いされることはない」と信吉が言った。米川は帳面に名をき、掃除の仕がりを見に来た。「最初はそんなもんだ。靴墨が余るなら鞄の入れもできるだろ」。たちは顔を見わせた。皮の鞄を持つ客はないが、革製のベルトや鞄を修理したいはいる。俊が昔教えてくれた縫い方を、健太はいした。
午、の女性が破れた買い物袋を持ち込んだ。お志乃ので見かける姿のだった。「針仕事もできると聞いたんだけど」。信吉は断ろうとしたが、健太が「度見せてください」と言った。布袋の持ちが切れているだけで、古い紐をねれば直せそうだった。利夫が糸を通し、健太が針を運ぶ。修理を終えると女性は円を置き、「これならも使えるね」と笑った。
靴磨きだけではりない。磨いて直して、く使ってもらう。そう考えると、俊が教えた技術はまだ役につ。
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健太がんでいると、先へ背広の男がった。篠田の番、田切だった。「なかなかやるじゃないか」。たちはくなった。田切はを見回し、「この所も、商会の荷が届かなきゃ品物が売れない。商売は皆つながってるんだよ」と穏やかに言った。
「類のこと、聞きました」。健太が言うと、田切は元をかさなかった。「俺は紹介状を取り次いだだけだ。兄さんが保証したと聞いたから、そういた」。健太は「兄ちゃんには会ったんですか」と尋ねた。田切は首を振った。「寺岡が確かめたと言った。こっちは仕事だ」。その言い訳が嘘かどうか、健太には分からない。だが本を見ずに『確認済』といたことだけはらかだった。
田切が帰ったあと、米川がたちに言った。「ああいう相にってかかるのも、何も言わないのも難しい。今はで決めた約束を守れ」。信吉は満そうだったが、うなずいた。で働く青果や魚にも、篠田商会と取り引きのあるがある。彼らまで巻き込めば、せっかく得た所を失うだろう。
その晩、健太はの掃除をしながら、働くことについて考えた。篠田にをげるのは嫌だ。しかしを支える商売まで全部敵だと言うことはできない。米川のに品物が届くからこそ、そこで売られる野菜を買うが来る。
そのが磨いてくれる靴を履いている。嫌な相とも町できていかなければならないのだと、歳の健太にもしずつ分かってきた。
片桐から翌朝、呼びしがあった。事務所へくと、机に古いが広げられていた。問題になった名簿とは別に、の作業の記録が見つかったのだという。利夫が名を記した欄の横に、俊の跡らしい文字があった。『宗男の負傷 医師の診察を求める』。健太が兄の文字だと確かめると、片桐は言った。「これをいた、お兄さん自が職から姿を消したと記録されています」。
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