"磨かなかった靴" 第10話
らない靴
篠田が駅で靴を磨かせに来たのは、健太がへ移ってから目の夕方だった。男はからりると、修理台のにった。「ずいぶんくへ引っ越したな」。健太はを止めた。篠田は珍しく笑わず、の靴をじっと見ろしていた。の革がしくひび割れている。には、あの本の茶の縫い目がまだ残っていた。
「お、あの靴が誰の物だと言った」。篠田の声は平らだった。健太は答えた。「兄の靴です」。篠田は首を振った。「俺が正当に買い取った靴だ。誰が履いていたかまではらん」。利夫がへかけると、健太はで止めた。「どこで買ったのかだけ教えてください」。篠田はしばらく黙っていた。
「、うちへを借りに来た若い男が置いていった。事と医者代の代わりにな」。健太は胸が痛くなった。兄が自分のために直した靴を、飯と医者のために放した。篠田は「代はつけた。かわいそうな子どもだと騒ぐなら、俺の所にも払ったがあると言っておけ」と続けた。利夫が「いくら払ったんですか」と聞いたが、男は答えなかった。
米川がからてきた。「お客さん、買い物ですか」。篠田は瞬だけむっとし、それから「子どもの所で靴を磨くのは悪いのか」と笑った。米川は「を塞がないなら構いません」と言った。のには、言わない言葉がいくつもあるようだった。
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健太は初めて、篠田がの全員をいどおりにはできないことをった。
篠田がろうとした、健太は「俊はどこにいるんですか」と尋ねた。男は肩越しに振り返った。「らんな。ただ、のまでは、怪をしたで何か作る仕事を習っていると聞いた」。それだけ言ってへ乗り込んだ。靴はのついたままだった。健太は、磨かなかったことを悔していなかったが、なぜあの男がわざわざまた会いに来たのか気になった。
翌、片桐から連絡が入った。問題の名簿について、寺岡が説に応じることになったという。健太たちも聞かれたことを話してほしいと頼まれた。信吉は「うそを言わなければいい」と皆へ話したが、利夫だけはそうだった。を偽ることに加担したと認めれば、今の暮らしまで失うのではないか。健太は「緒にく」と約束した。
その夜、お志乃がさな包みを健太に渡した。には古い靴針と、使い込んだ革の指当てが入っていた。「静さんが、おに使ってみろって」。健太はので指当てを転がした。俊が使っていたものとは違う。それでも、針を持てばを傷つけずに済む。誰かの優しさは、秘密の施しではなく、も働くための具の形をしていることがある。
夕、信吉は修理台の板をして、の仕事に必な釘を選り分けていた。
健太も伝いながら、客から預かった靴をずつ布で包んだ。修理を待つ靴には持ち主の名と約束のがいてある。取り違えたら、持ち主は履いて帰る靴をなくす。兄の靴を見たにはいもしなかったが、の靴は誰かの仕事や暮らしへつながっているのだ。健太は包みの紐を固く結び、返す順番に並べ直した。
寝る、健太はの靴を脱いだ。踵がすり減り、つま先にはさな穴が空いている。兄に会ったら、きっと番最初に靴を直せと言われるだろう。だが今は、旅費を貯めるに片づけなければならない問題がある。勝にき換えられた自分たちの齢と、利夫が背負い続けているの記録だ。健太は翌朝の相談所で話す順番を、鉛でずついてから眠った。
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