"杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない" 第4話
残された席
になると、の朝は急にえ込んだ。ミラは目を覚ますたび、旅券のの本語の印がまだ消えずにあることを確かめたくなった。もちろん、のの印が夜のに消えることなどない。だがでは毎のようにしい規則が噂され、昨までできた続きが今もできる保証はなかった。
杉原千畝がカウナスをれたというらせが広まると、宿の空気は変わった。まだ続きの途にいる々が廊に集まり、互いの旅券と報を見せった。本の通過査証をに入れられなかった族もいた。窓を訪ねたがし違うだけで、帰りの景が分かれてしまったようだった。
ミラは、本領事館ので受け取ったを特別な幸運の証にしたくなかった。まだここにいるも、持っているがりないも、同じように朝起きて、弟に朝をべさせ、夜になれば寒さに耐えている。それをっていたからだ。
父が境の申請を続ける、ミラと母は縫い物を増やした。しい仕事は、旅券を入れる布の袋だった。貴な類をから守るため、い布をにして、さな紐をつける。腕に結べるようにしてほしいというもいた。首からげたいというもいた。
「枚ののために、こんなにいろんな袋がいるのね」
広告
とミラは言った。
「によって、切な物の守り方が違うのよ」と母が答える。
ある、宿の主が母につの仕事を頼んだ。客の古いカーテンを直してほしいという。代の代わりに、次の週の部代をしげるという話だった。母はすぐには頷かなかった。
「値段を決めるに、を見せてください」
主はし驚いた。「そんなに難しい仕事じゃない」
「難しくない仕事にもは掛かります。仕げてから払わないと言われるのは困りますから」
主は苦笑してカーテンを渡した。ミラは、避難活でさえ、母が仕事の約束だけは曖昧にしないことを誇らしくった。
その頃、パヴェウの名簿の記載は修正された。しかし、エヴァと弟の境許はなおりなかった。は朝になると別々の机のへ並び、昼には宿へ戻ってきた。は初めのうち、を数えるために壁へ線を引いていたが、線が増えすぎるとやめた。
「数えるとくなるんだ」とパヴェウは言った。
「数えなくてもいわよ」とミラが答える。
「じゃあ、何のために数えるの」
ミラにも分からなかった。ただ、自分たちがここにいた証拠を残したいのかもしれないとった。
の終わり、いへ渡ったから返事が届いた。父がしたへの返答だった。すぐにまとまったを送ることは難しいが、別の援助先に事を伝えてみるといてある。
広告
を読んだ父は机に額を伏せた。
「何も決まっていないのに、礼だけはけるな」
母がインクを差しした。「決まっていないからこそ、先に礼をくのよ」
その夜、母はさな巾着をミラへ渡した。何度も縫い直した青い布でできていた。には、母がかつて持っていたの指輪が入っていた。
「これを売れば、もうしになる」
「お母さんが結婚したのものじゃないの?」
「そうよ。だからあなたに持ってきてもらうの」
ミラは首を振った。「私に売らせないで」
母はらなかった。静かに言った。
「私が売ったら、あなたはで『母さんが勝に売った』とえる。自分の目で値段を聞いて、自分で決めるの。族の旅費は族のものだから」
では、指輪に付いたさな傷を理由に、ったほどの値が付かなかった。ミラは度、母のところへ戻ろうとした。しかしをたら、そのの費さえない族がいることをいした。彼女はもう度主に向きい、値段を確かめ直し、最には袋をいて指輪を置いた。
代を受け取る、ミラはが震えた。主は女の子が泣きすとったのか、目を逸らした。
「これは、良い指輪だったでしょう」
「今も良い指輪です」
ミラは答えた。「だから、別の物に替えるんです」
の入、支援を申しる々の力を借り、りなかった旅費の部に見通しがった。
父は再び窓へ向き、分の類のみ具を尋ねた。い待ちのあと、名の載った控えを渡された。
父は宿までので何度もそれを見た。
「どうだったの」と母が尋ねる。
「まだ正式な許ではない。でも、分は先へむと言われた」
「?」
父が差しした控えには、アロン、ミラ、ダヴィドの名があった。母リヴカの名だけが別の欄へ移され、追加の確認が必と記されていた。
「どうして?」とミラが問う。
「名の綴りが違う件もある。昔の所についても聞かれた」
母は類を持つをろした。「私はまだ、ここに残ることになるのね」
父は急いで言った。「そんなことはしない。緒にる」
しかしミラは、机ののを見た。父が売った計の代と、母が放した指輪の代と、の返事を待つに減っていく活費。待つという選択にも、毎が必だった。
窓際では弟が、パヴェウから借りたで駅の絵を描いていた。つの駅舎にのを並べようとして、がつりなくなり、弟は指で最のを描いた。
「で乗るんだよね」
誰もすぐには答えられなかった。ミラは弟の絵の隅に、さな字での名を並べた。母の名だけが別のへ移されていることを、弟にはまだ説していない。名をくことが、こんなにい仕事になるとはわなかった。
鉛の先が折れたので削ろうとすると、弟が残りのい芯を拾ってくれた。「まだけるよ」と言う。ミラはその芯で母の名をもう度濃くなぞった。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 3 -
完結第20話
磨かなかった靴
昭和23年、上野駅前。靴磨きで生計を立てる十三歳の健太は、町の有力者・篠田が差し出した革靴を見た瞬間、磨くことを拒んだ。その踵には、三年前に生き別れた兄と一緒に縫った、忘れられない傷跡があった。 篠田の怒りを買い、仕事場を失った健太は、仲間たちと暮らしを立て直しながら兄の行方を追い始める。ところが調べるうちに、少年たちの年齢を偽った労働書類と、行方不明の兄の不可解な署名が浮かび上がる。 焼け跡の町で、一足の靴を手掛かりに隠された真実へ近づく少年の、勇気と再生の物語。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 95 -
完結第13話
昭和21年、米を没収された母が引き返した理由
昭和21年秋、食糧難の大阪。三人の子どもを育てる森川澄子は、大切な着物と引き換えに手に入れた二升の米を、買い出し列車で警察に取り上げられてしまう。途方に暮れる母へ、十歳の息子が告げたのは、米袋の中に隠された小さな鉄の箱の存在だった。次の駅で引き返し、警察に事情を話した澄子。しかし、その箱に刻まれた三本の稲穂の印は、母子寮から消えた救援物資と、夫が隠していた仕事の秘密へとつながっていく。家族の生活さえ脅かされる中、一人の母親がたどり着く真実とは――。時代|歴史|昭和|真相2.7万字5 65 -
完結第20話
昭和46年、優勝した妻に夫が告げた「帰るな」
昭和46年、大阪。48歳の主婦・榎本春子は、町内のボウリング大会で男性たちを抑え、見事優勝を果たした。しかし夫・信夫から返ってきたのは祝福ではなく、「そんなに好きなら、もう家には帰るな」という冷たい言葉だった。 小さな鞄を手に家を出た春子は、同じように自分の時間を持てなかった女性たちのため、ボウリング教室を始めようとする。 ところが、会場の予約に夫の会社が割り込み、申込書には身に覚えのない「本人了承済み」の文字が。 妻として、母として生きてきた春子が、初めて自分の人生を選び直す。昭和のボウリングブームを背景に描く、再出発の物語。時代|歴史|昭和2.8万字5 168