"杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない" 第12話
もうつの
がまると、神戸のにはかいがるようになった。ミラは傘を借りて坂を歩き、共同の作業部へ通った。針を持つは以より速くなり、母からも難しい縫い目を任されるようになった。
父はへ向かうについて、相談と続きをねていた。族全員が同じで移できるか、到着のまいをどうするか。まだ分からないことはかった。母は、そのたびに質問をきした。答えを待つだけではなく、何をらないのかをらかにするようになったのだ。
ある夕方、ミラは父に尋ねた。
「どうしてアメリカを諦めたの?」
「諦めたわけではない。そこへくための条件が今は揃わないんだ。へけばすべて解決するともわない。ただ、けるうちにむという選び方もある」
「今度こそ、族が緒ならいい」
父は頷いた。「それが番事だ」
しかしミラは、族が緒にいることを守るためにも、に別々の役目を引き受けなければならないと学び始めていた。父は類を集め、母は働き、弟は同じ境遇の子どもたちと遊びながらしずつ異国の言葉を覚え、ミラはできる限りをいた。が同じ所にいるからといって、同じを過ごしているわけではなかった。
発を控えた頃、港で言葉を交わした本の女性と偶然再会した。
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女はくのへ買い物に来ていた。ミラは顔を覚えていたが、相が覚えているかだった。ところが女性はミラのほつれた袖を見るなり、以と同じように縫う仕をした。
ミラはわず笑った。自分の袖は、まだ完全には直っていなかった。
女性は招きし、先の子へ座らせた。さな針箱を持ってきて、ミラの着を見た。縫い直すのに何分も掛からなかった。ミラは礼を言おうとして、っている本語を探した。をりてから覚えた言葉は幾つもあるのに、肝なほどにない。
「ありがとうございます」
やっと言うと、女性は目を細めた。簡単な言葉だったが、ミラにはくへ届いた気がした。
に戻ってから母へ話すと、母は自分の鋏を取りした。
「お礼に何か直せるものがないか、聞いてみたらよかったのに」
「今度会ったら聞くわ」
「次があるかは分からないわよ」
ミラは窓のを見た。発するたびに、次がないが増えていく。エヴァも、老も、で泣いていた赤ん坊も、敦賀の女性も。と会うことが、いつから別れを含むことになったのだろう。
数、共同の作業部で、さな別れの集まりがかれた。発する族と残る族が緒に事をし、使わなくなった荷物を交換した。誰かが余ったを渡し、誰かが針を渡した。
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ミラは子どもたちへ、自分が描いた図の写しを渡した。な図ではなかったが、駅の名を覚える役にはつだろう。
父は修理したさな目覚まし計を共同の部へ寄付した。カウナスで最の懐計を売った男が、また計を直している。壊れた計を見つけるたびに、父はをかさずにはいられなかったのだ。
「せっかく直したんだから、持っていけば」とミラが言った。
「持っていける物には限りがある。ここで使ってもらえれば、その方がいい」
「が分からなくなるわ」
「ここには駅の計もあるし、にも計があるさ」
父は笑った。ミラはその笑い方が、ポーランドのにいた頃の父にし似ているとった。
発の夜、リヴカは族のを並べ、針でさな印を縫いつけた。目たない所にそれぞれの名の文字を入れる。旅の途で荷物が混じらないようにするためだった。
「は名が違うだけで困ったわね」とミラが言った。
「今度は、自分たちの名を自分たちで確かめられるようにね」と母が答えた。
ダヴィドは、旅券の写真が今の顔とし違うと文句を言った。半以が過ぎ、髪も伸び、頬もし丸くなっていた。母は笑った。
「子どもは変わるのよ。の顔だけでは追いつかないわね」
翌朝、族は港へ向かった。
これが何度目の発なのか、ミラには数えられなかった。けれど、今度の荷物はより軽かった。失ったものが増えたからではない。持っていくべきものが、以よりし分かるようになったからだ。
へ向かうで、父がち止まった。
「忘れ物はないか」
ミラは母を見て、弟を見て、父を見た。それから自分のさな鞄を叩いた。
「いる。も持ってる。針もある」
父は頷いた。「それなら、発しよう」
が岸をれる、神戸のがしずつさくなった。ミラは泣かなかった。泣かないと決めたわけではない。ただ、あので過ごした々をしい別れだけにしたくなかった。
父が横で言った。「本へ来た、おはまだ先があると言ったな」
「うん」
「今も、そううか」
ミラは頷いた。「でも、先があるからといって、ここまで来たことが無駄になるわけじゃない」
その、弟がいを取りした。掌ので転がし、へ向けて持ちげる。
「これは、まだ預かってるよ」
ミラは微笑んだ。「いつか、返せるかもしれないね」
その答えが本当に叶うかどうか、誰にも分からなかった。それでも約束を覚えている限り、世界のどこかにまだが残っているような気がした。
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