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"疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由" 第6話

の赤い糸

千代がいなくなった朝、まず栄蔵は裏へった。歳の娘がくまでで歩けるはずはないと考えたからだ。ふさは井戸端、物置、畑のを探した。文と幸子は、千代が学へ通うを見にった。

幸子は川沿いのを指さした。「千代ちゃん、られるとここへ来るの。のに座って、を並べる」と言う。が急ぐと、確かにがつ積まれていた。けれど千代はいない。

端でを刈っていた老が、呂敷を抱えた女の子を見たと教えてくれた。「の神社へ向かっていたぞ」と言う。神社の裏には、から向こうの集落へ続く細いがあった。初めての者には分かりにくいが、の子どもならっている。

「千代ちゃん、そこを通って叔母さんのへこうとしたのかな」

「きたくないと言っていたのに?」

幸子は首を振った。「でって、わたしたちを困らせないようにしたのかもしれない」と答えた。文は何も言わず、歩みを速めた。

杉のを抜けると、斜面の途に千代が座っていた。履の緒が切れ、袋の片方がだらけだった。膝に両を置き、必に泣くまいとしている。

「千代ちゃん!」

幸子が駆け寄ると、千代は顔を隠した。

「迎えに来てくれたって、ったの」

「うん。迎えに来たよ。だから緒に帰ろう」

「どこへ?」

幸子は答えに詰まった。

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京なのか、栗田なのか。どちらを答えても、千代を困らせる。

文はしれたへ腰をろした。

「千代ちゃん。あなたのお父さんとお母さんが配してる。まず、おうちへ帰って話さない?」

「話したよ。何回も」

千代は掌をいた。赤い糸が幾にも巻かれている。

「これね、お母ちゃんがミシンを直すに使ってって、ずっと取ってあった。幸ちゃんのお母さんなら、かせるとったの。でもお父ちゃんは、いらんって言う」

文は、赤い糸では械をかす革のベルトの代わりにならないとっていた。けれどそれを教えるのはでよい気がした。千代は自分のできることを探していたのだ。

「お父ちゃんは、千代ちゃんを嫌ってるわけじゃないとう」

「ってる。わたしもお父ちゃんを嫌いじゃない」

「じゃあ、何が怖いの」

「向こうのへったら、朝起きたにお母ちゃんがいないこと」

その答えは、文が考えていたよりずっと単純だった。幸子が野にいた、京で文が毎朝じていた寂しさと同じだった。

幸子が千代の緒を縛ろうとしたが、切れた履はもう使えなかった。文は自分の拭いを細く裂いて結び、へ巻きつけた。

「帰ろう。歩ける?」

千代はうなずいた。幸子が片側、文が片側のをつないで、で坂をった。どこへも連れていけないかもしれないのに、文は自分のを放せなかった。

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へ戻ると、栄蔵が度声をげかけた。ふさが夫の腕にを置き、「まず、をませよう」と言った。千代は誰にも責められず、囲炉裏のに座った。

千代が戻ったと聞いて、の学の先も様子を見に来た。代の若い男で、戦争は級と畑仕事をしてきたという。先は千代のに膝をつき、「怪はないか」と尋ねた。千代は首を振り、濡れた袋を隠そうとした。

「学の方は、どうでしょう」と文が聞くと、先は言いにくそうに答えた。「疎の子がいたは教がいっぱいで、午と午に分けたもありました。千代さんたち元の子も、の伝いで休むことがあった。でも、今はしずつ授業をえています」

栄蔵は「勉が来たって、田仕事がなくなるわけじゃない」と言った。先は反論しなかった。ただ、千代の字でかれた作文を枚取りした。《お米をつくる》という題で、母が朝く起きて働くこと、父がのにも薪を運ぶこと、へ来た京の子が畑の名を覚えるまでがかかったことがいてある。

「この子は、の仕事をよく見ています。それを言葉に来るんです。続きをかせてやりたい」

先の声に栄蔵は目を伏せた。褒められているのは娘だけではない。族が毎している仕事も、の子どもの目に残っていたのだ。

千代は作文を受け取ると、文のに差しした。「幸ちゃんと緒にいたんだよ」と言う。文はを読み、でのが幸子だけのいではなかったことを、またつった。

正午を過ぎた頃、栄蔵の妹・志乃が迎えに来た。歳のきちんとしたなりの女性だった。さな町で夫と雑貨と乾物のを営んでいるという。

「千代、迎えに来たよ。学のことも配いらない」

千代は母の背に隠れた。志乃は困り果てた顔をしたが、りはしなかった。

「兄さん、私は無理に連れていきたいわけじゃないの。でも、このは千代も『町の学へってみたい』って言ったでしょう」

千代は顔をげる。

「学はきたい。でも、ずっとおの奥にいるのは嫌」

志乃はし驚いた。学の話をしていたつもりでも、千代にはをれる話ばかり聞こえていたのだ。

栄蔵は苦い顔で、「今のところは帰ってくれ」と妹へ言った。志乃はふさにをげ、千代へさな包みを置いて帰った。にはしい鉛が本入っていた。

「いい叔母さんじゃないか」と文がつぶやくと、幸子は満そうに母を見た。

「いいだったら、千代ちゃんはかなきゃいけないの?」

「そうじゃない。ただ、みんなが千代ちゃんを困らせようとしてるわけじゃないってこと」

夜、ふさは文に、縫い仕事を諦めた本当の理由を話した。

では収穫のに替えや仕て直しの仕事があるものの、支払えるは限られている。女たちは繕い物を自分で済ませる。ふさは昔、注文を受けて働いていたが、結婚は田畑との世話が優先になり、首も痛めていた。

「縫えるからって、べていけるとは限らないんです」

文はうなずいた。京でも同じだった。仕事の量がくても、払われる額がければ賃には届かない。縫うことは魔法ではない。

それでも納のミシンを度かしてみよう、と文は言った。

「すぐにおになるとは言えません。でも、かせるなら、選べることがつ増えるでしょう」

ふさはく黙り、やがてさく「お願いします」と答えた。

ふさは布団を敷きながら、自分の嫁入りののことを話した。町の仕で働いていた頃、休みはなかったが、縫いげた品物が客の体にうと嬉しかった。嫁いで最初の数は、夜なべをすれば注文に応じられるとっていた。しかし田植えの期には暗くなるまで畑にち、は族の袋や袋を縫った。稼いだ額よりも、ので必な仕事のほうがきくなっていったという。

「千代がまれた、また仕てをしたいとったんです。あの子にしいを作ってやりたくて。でも、いつのにかが暮れてしまう。

ミシンが壊れたのを、直そうともしませんでした」

文は囲炉裏のを見ていた。自分にも似た期があった。幸子がさかった頃は、夫が働いているにし縫い、疲れると仕事を断った。庄がくなってから、断ることが怖くなった。いま縫えなければの飯がないとうと、があっても針を持った。

は互いを羨んでいたのかもしれない。ふさには田畑と族があり、文には針本で収入を作る自由があるように見える。けれど、どちらにも簡単に捨てられない仕事がある。文はそう考えながら、「ミシンが直っても、で夜更かししないでください」と言った。ふさは笑って「京のに言われるとはわなかった」と返した。

その晩、文が京へ帰る予定のは、もう過ぎていた。

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