"疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由" 第10話
枚の袋
文はの仕てを受けながら、の仕事について考え続けていた。京では、物を買う代わりに直すが増えた。それでも、どのが何をいくらで頼んだか分からなくなると、すぐに揉め事が起こる。文は余った包装の裏に、預かった品と約束のを件ずついた。
初枝は笑って「まるできなの帳だね」と言った。文は「きななら、もうし良いを使うでしょうね」と返す。そのさなやり取りを聞いていた幸子が、「のおばさんにも同じを作って送れば」と提案した。
文はすぐに頷かなかった。くことが苦なに細かな記録を押しつければ、仕事のが増える。しかし、引き受けた品がどれなのかだけでも分かれば、い違いを減らせる。文は布の種類、受け取った、直す所、返すだけをける簡単な札を作った。
送られてきた札を見たふさは、隣へ「字を違えてもいいから緒に確かめよう」と言ったという。ではで縫ってで納めることが当たりだったが、で品を確かめると、傷みを見落とすことが減った。仕事は遅くても、やり直しがなくなった。
だが、この慎さがいつも客にばれるとは限らなかった。急いで仕げてほしいからは「そんな面倒なことまで言うなら、よそへ頼む」
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と断られた。文はその話を聞いて、ふさへ《断られる仕事もあります。でも、引き受けて来なければ、もっと困ります》と返事をいた。
師がづくと、野のはくをかぶった。ふさから届くには、朝ののたさや、ミシンの具へ油を差す夫がかれていた。枚の袋を縫う仕事は順調に見えた。
しかし、予定のになっても志乃のへ品物が届かなかった。
文は京でそのらせを受け取った。志乃のには《兄ので何かあったようです。ふささんは丈夫でしょうか》とだけかれている。幸子は顔を変え、すぐへこうと言った。
「今度は、くに返事を待とう」
文はそう言って、へ報を送った。以のように、事を確かめずいて仕事を失うわけにはいかない。
、ふさからいが届いた。で畑仕事が止まった頃、栄蔵の母が腰を痛めて寝込み、ふさはの世話に追われていたという。隣の女性も自分のの仕事で忙しくなり、枚のうち枚しか来ていなかった。
《無理をすれば終わるとっていました。けれど、夜に縫った袋は縫い目が曲がり、がきちんと閉まりません。これでは約束した代をいただけません》
文はを読んで、胸がくなった。しい仕事を始めるびばかり見ていたが、来ないにどうするかを決めていなかった。
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幸子が「枚なら、わたしが縫うよ」と言った。文は首を振った。
「あなたが縫えば、仕事は終わるかもしれない。でも、ふささんが受けた仕事を私たちが黙って仕げたら、次は誰に頼めばいいか、志乃さんも分からなくなる」
「じゃあ、どうするの」
「来た枚だけ先に納めて、残りをどうするか相談する。遅れたことも、縫い目が悪いことも隠さない」
文は志乃へをいた。ふさの来を責めるのでなく、枚分だけを検めて代を決め、残り枚は返してもらうか納期を延ばしてほしいと頼んだ。
志乃からの返事は予に厳しかった。
《袋は枚揃わないと、の荷物が片づきません。枚だけなら、受け取れますが予定した額は払えません。こちらもの仕入れを待っております》
幸子はを読んで腹をてた。
「叔母さんなのに、どうしてそんなこと言うの」
「叔母さんにもがあるからだよ。縫い物が遅れれば、ほかのの仕事も増える」
文は、幸子を叱りながら自分にも言い聞かせていた。配してくれるに甘え続ければ、いつかそのの暮らしを傷つける。
その夜、幸子はから送られてきた試し縫いの端切れを広げ、縫い目を数えた。最の方だけ、糸の隔が広くなっていた。
「が痛くなった、やめればよかったんだね」
「そう。
仕事を続けるには、やめるを決めることも必なんだ」
幸子は、自分がから帰りたくないと言ったの母をいした。文はあの、娘の願いを聞いてから、仕事が減る代償を自分で引き受けた。ふさにも、自分で決めるための余がいる。
翌、文はふさへ《枚をやり直すのではなく、今ある枚の布を返すよう、まず相談してください》といた。栄蔵へも、事や病をふさへ任せたままでは縫い仕事は続かないと伝えた。
このを読んだ栄蔵は、ったらしい。数、の学に通う千代から幸子へ、乱れた字の便りが届いた。
《お父ちゃんが、京のにうちのことを言われるのはいやだって言った。でも、わたしはお父ちゃんに、仕事のときはごはんをたくのをつだうと言った。お父ちゃんは「さいおにまかせるな」と言った》
幸子は笑ってしまった。そしてすぐに真顔になった。
「千代ちゃんだけが働くのも、違うよね」
文はうなずいた。歳の子の働きで母親の仕事を支えるなら、学へかせるために始めた縫い物が、逆の結果になる。
数して栄蔵から文へいが届いた。
《のことはで相談いたしました。女が縫うは、私と母が来ることを分けます。千代には学へかせます。枚分は、失礼のないよう志乃と話します。
先の言葉はきつうございました。すみません》
文は封を閉じ直し、机の引きしへしまった。枚の袋がいくらになったのかは、まだかれていなかった。けれどそのには、初めてが別々の役目を負う決があった。
幸子は言った。
「お母さん、わたしものことを伝うね。でも、学もく」
「そうしておくれ。お母さんも仕事を休むは休むようにする」
は笑った。笑った、文は賃の封筒をけてを数えた。まだりない。願いがし通じても、暮らしの勘定だけは勝にわないのだった。
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