"本当の家主" 第2話
夫の説教と凍りついた廊
夜の半を過ぎている。で働き、終際まで類と格闘してきた妻に対して、昼から酒をんで寝転がっていた義妹が「今から作りのハンバーグを作れ」と求してくる。こののにとって、のり子というは格を持った族ではなく、ボタンを押せば温かい事を吐きし、散らかした汚物を無言で処理する都のいい自販売に過ぎないのだ。
「美さん、今は夜の半です。私は今帰ってきたばかりで、何も作れません」
のり子がシンクに背を向けたまま、絞りすようない声で答えた。
「はあ? 何それ、たーい! お義姉さんが帰ってくるのが遅いからこんなになったんじゃない! 族なんだから、しは融通利かせてくれたっていいでしょ!?」
「族なら、しは私の体調や状況をいやってください。お腹が空いたなら、ご自分で何かでも取ってください」
「はおがかかるから嫌! お義姉さん、お料もらってるんだからケチケチしないでよ!」
「私の料は、こののローンと活費の補填に消えています。これ以、あなたたちの遊興費をす余裕はありません」
「ローン、ローンってうるさいな! そんなのお兄ちゃんが払えばいいじゃない!」
美はにかかる費用の内訳など何つらず、ただ「男である兄の」
広告
に当然の権利として居座っているだけだった。これ以、この女と論を続けても精神をすり減らすだけだ。のり子は濡れたをタオルで荒々しく拭き取り、キッチンをた。
向かった先は、廊の突き当たりにある夫・誠の部だった。誠は毎晩、夕をべ終えるとさっさと自分の部に引きこもり、夜までテレビゲームや画鑑賞に没しててこない。のり子が事や義母の世話に追われていようと、完全に関せずを決め込んでいるのだ。
ドアの隙から、ゲームの爆発音と派な効果音が漏れていた。のり子はノックを回響かせた。
「あなた、し話があります」
返事を待たずにドアをけると、誠は級なリクライニングチェアにく腰掛け、ヘッドホンを首にかけた状態でタブレットを操作していた。歳、堅商社の営業マン。なりだけは奇麗にえているが、庭内の問題からは常に逃げ回る男だった。
「なんだよ、いいところだったのに」
「美さんのことです。昼から友達を呼んで宴会をして、リビングをの踏みもないほど散らかしています。シンクには量の皿が放置されていて、片付けを頼んでも逆ギレして、今からハンバーグを作れと求してきました。あなたから美さんに、自分のしたゴミくらい自分で片付けるよう注してください」
広告
のり子が事実だけを淡々と伝えると、誠はくため息をつき、骨に嫌そうな顔をしてタブレットをデスクに置いた。
「おさあ……そんなさなことで、いちいち目くじらてるなよ」
「さなこと? 私が夜遅くに帰ってきて、が宴会で散らかしたゴミと量の油汚れを片付けるのが、あなたにとってはさなことなんですか?」
「じゃないだろ、族じゃないか。美だってずっとにいて退屈してんだよ。たまの息抜きくらい目に見てやれよ」
族という言葉。このでは、常にのり子に方な犠牲と屈辱をいるための免罪符として使われていた。
「それにさ、おは領が悪いんだよ。文句言ってないで、ささっと片付ければ分で終わるだろ? 仕事が忙しいのは分かるけど、のことを疎かにされちゃ困るんだよな」
誠は子からちがり、のり子を見ろすように腕を組んだ。
「のことと言うなら、あなたも伝ってください。美さんはあなたの妹です。扶養義務があるわけでもないのに、なぜ私が彼女の召使のような扱いを受けなければならないんですか」
その言葉がた瞬、誠の顔から余裕が消え失せ、眉にいりの皺が刻まれた。
「なんだと? 俺が毎で汗垂らして働いて、このの活費を入れてやってるから、おも暮らせてるんだろうが! 嫁が事をやるのは当然だろ!」
誠の言う「活費」とは、費と費のしとして毎渡されるわずか数万円に過ぎない。このの購入代も、建物のも、毎座から引き落とされる数万円の宅ローンも、固定資産税も、災保険料も、すべてはのり子の座から支払われているのだ。
「私だってフルタイムで働いています! それに、このは——」
『私のよ』という言葉が喉元までかかり、のり子は必にそれを呑み込んだ。それを言ってしまえば、誠の肥化したプライドを決定に傷つけることになる。夫をて、波をてず、いつか本物の温かい族になれると信じて、のり子はこれまで誠が所や親戚に「俺のだ」と自するのを黙認してきたのだ。
「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ!」誠は苛ちをわにしてを踏み鳴らした。「美は昔から体がくてで働けないんだよ。兄貴の俺が面倒見るのは当たりだろ! 体な、女同士の揉め事に俺を巻き込むな! おと美でうまくやれっていつも言ってるだろ!」
「うまくやるために、私だけがしろと?」
「しろよ! 嫁なんだから! 俺は疲れて帰ってきてるんだ、のくらい穏やかに過ごさせろ! ほら、分かったらさっさとていけ! 美の飯も適当に作ってやれ!」
誠はのり子の肩を乱暴に押しし、目のでバタンと音をててドアを閉め切った。
内側からカチャリと鍵がかけられる音が響く。え切った廊に、のり子はで取り残された。胸の奥で、カチリと何かが音をてて凍りついていくのをじた。
方は、このには最初からもいなかったのだ。両親をくした喪失を埋めるためにすがりついた結婚活は、ただ自らの尊厳と資産を貪りわれるだけの、底なしの沼だった。しかし、廊ののにち尽くすのり子の瞳には、もはや絶望の涙は浮かんでいなかった。徹な、静かな覚悟が、彼女の神経の隅々にまで満ち始めていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第20話
現地払いの還暦旅行
旅行会社に勤める弘志は、義父の還暦祝いに伊豆の高級ホテルを手配する。ところが旅行当日、義父母と義姉、さらには妻の優希までが、駅で「お前はもう帰れ」と弘志を追い返した。 屈辱をこらえて帰宅した弘志のもとに、妻から不可解なメッセージが届く。一方、義家族はホテルで高級料理や酒、エステを次々と注文していた。 しかし彼らは、旅行のしおりに記された重要な支払い条件を見落としていた。チェックアウトの日、彼らを待ち受ける驚愕の請求と、妻が隠していた秘密とは――。人生逆転|兄弟姉妹|嫁姑|夫婦|絶縁|修羅場2.8万字5 0 -
完結第15話
親族会議で追放された妻――翌朝、七枚のカードが全停止
七年間、夫の翔平と宮田家を陰で支え続けてきた神崎紗良。しかし親族会議の席で、夫から突然離婚を宣告される。 「慰謝料も財産分与もなし。一円も持たずに出ていけ」 義父母や親戚からも見下された紗良は、反論することなく離婚届に署名し、屋敷を去った。 ところが翌朝、翔平の七枚のブラックカードがすべて使えなくなる。続いて二軒の豪邸に届く契約終了通知、銀行からの融資見直し。 実は宮田家の誰も、紗良の本当の正体を知らなかった。九十九件もの着信を重ねた元夫が、最後に突きつけられる真実とは――。裡切られた|嫁姑|夫婦|金銭問題1.9万字5 0 -
完結第14話
同窓会でビールを浴びた私に、51人の男が最敬礼
中学卒業から十五年。貧しい母子家庭で育ち、いじめに耐えてきた梅本瑞江は、故郷の同窓会に姿を現した。上品な大島紬をまとった彼女を見て、かつてのいじめの主犯・熊切勢子は激怒。友人の借金を盾に保証人になるよう迫り、ついには瑞江の頭からビールを浴びせてしまう。 さらに勢子は、暴力団組長である夫の力を使い、瑞江を脅そうとする。しかし、連れ込まれた奥の宴会場で、誰も予想しなかった光景が待っていた。 十五年前に見下されていた少女が隠していた、驚くべき現在の姿とは――。人生逆転|真相|第二の人生|修羅場2.0万字5 24 -
完結第15話
「25万円振り込め」と脅す夫へ、私はもう妻じゃない
フリーランスの設計士・美穂は、三年間無職の夫・浩司と同居する義母・富江を、自分の収入で養い続けてきた。感謝されるどころか、夫からは「離婚するぞ」と脅され、生活費として25万円を要求される日々。 ところが、夫の浮気だけでなく、義母まで愛人を家へ招き入れ、亡き父から相続した家を奪おうとしていることが発覚する。 半年間、証拠を集め続けた美穂は、三年前に夫が署名した離婚届を手に、静かな反撃を決意する。しかし、何も知らない夫と義母は、さらに300万円を要求してきて――。怒り|夫婦|金銭問題|修羅場1.8万字5 4 -
完結第16話
「嫁は廊下で寝ろ」私が二度と帰らなかった理由
33歳の藤崎恵里は、夫の母を気遣い、義実家での一年間の同居を受け入れた。しかし、優しかった義母の態度は次第に豹変。洗濯物、食器、私物まで次々と居場所を奪われ、ついには仕事から帰った夜、布団を廊下に出されてしまう。 「嫁はここで寝ればいい」 夫まで義母に味方する中、恵里は静かに家の鍵を置き、二度と戻らないと決意する。実は彼女には、家族が知らないもう一つの顔があった。 翌朝、仙台にいる義父から一本の電話が。そして38年前、同じ廊下で起きた出来事が明らかになり、家族の関係は思いがけない方向へ動き始める。因果応報|嫁姑|夫婦|第二の人生|親子関係|金銭問題2.1万字5 239 -
完結第20話
磨かなかった靴
昭和23年、上野駅前。靴磨きで生計を立てる十三歳の健太は、町の有力者・篠田が差し出した革靴を見た瞬間、磨くことを拒んだ。その踵には、三年前に生き別れた兄と一緒に縫った、忘れられない傷跡があった。 篠田の怒りを買い、仕事場を失った健太は、仲間たちと暮らしを立て直しながら兄の行方を追い始める。ところが調べるうちに、少年たちの年齢を偽った労働書類と、行方不明の兄の不可解な署名が浮かび上がる。 焼け跡の町で、一足の靴を手掛かりに隠された真実へ近づく少年の、勇気と再生の物語。時代|歴史|昭和|兄弟姉妹2.8万字5 124