みかん小説
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"返せなかった六百二十円" 第4話

窓のにも列がある

美佐は勤してすぐ、森崎支のにしい正を置いた。「この『必ず全額』という文言は、お客様にお約束できません」。森崎は子の背にもたれ、目を細めた。「君は員なのか、印刷の娘なのか」。美佐は「両方です」と答えてから、自分でも困ったことを言ったとった。

「員として確かめたいんです。今の状況で、全額お支払いできるという根拠があるんでしょうか」

「根拠は本だ。私は本から営業を続けろと言われている」

「営業することと、いつでも全額を支払うことは違います」

森崎の机には、本から届いた報があった。目に入ったのは「資当急ぐ」の文字だけだった。森崎は報を裏返し、「君の職務は数字を正しく記すことだ」と言った。美佐は言い返せなかった。確かにその通りだ。だからこそ、客へ渡すに誤りをき込むことが怖かった。

窓へ戻ると、から待っていた々の顔が並んでいた。呉の主はごとに払戻しの額をさくし、「せめて布の仕入れだけは」と頼んだ。病院で働く護婦は、母親を入院させるために必なだと泣いた。の続きは同じでも、々がを必とする理由は違っていた。

美佐は坂へ頼み、払戻請求を受け付けたと実際に払えた額を、誤解のない形で控える用を作った。

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の帳簿にも記録はある。だが客の元には、待った事実を示すものが何も残らないがある。「できない」と言われるたび、窓の女が勝に断ったとわれるのだ。坂は面倒そうな顔をしながら、簡単な受付控えの発を認めた。森崎には報告しておくと言った。

そのの帰り、美佐は父のへくに、井のを訪ねた。い障子越しに咳が聞こえ、母親が布団に横になっていた。井は玄関でをげた。「お嬢さんに文句を言っても仕方ないのは分かっています。ただ、うちには期限というものがあります」。美佐は持っていた自分のから円を差しした。井は受け取らなかった。

「借なら借用をきます。施しは困ります」

その言葉に、美佐はもう度をげた。美佐の親切では、井の賃の代わりにならない。に額と返済期をき、署名して渡すと、井は初めてを受け取った。たった円だったが、対等な約束として渡せたことが美佐には切だった。

井が帰り支度をしながら、『いまある仕事だけでも、きちんと終わらせたい』と言った。美佐は彼のインキに汚れたを見た。に刷る文字を決めるのは依頼主でも、同じ文字を何千枚も形にするのは職だ。世がで『誰が刷った』と問えば、責められるのは真っ先に械のそばにいたかもしれない。

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源吉は井に、『今夜はここまでにする。の返事が来ないなら、仕事は引き受けん』と告げた。井はししたように息をついたが、そのすぐ『ほかの注文、急いで探しましょう』と続けた。断るだけでは賃はまれないことを、全員がっていた。

印刷所では、父がからの注文をまだ迷っていた。活字はすでに組んである。ひと晩械をかせば、千枚は刷れる。父は「から答えは来たか」と聞いた。美佐は森崎の言葉を伝えた。「答えになっとらんな」と父はつぶやく。がに入り、「なら、待っているに別の仕事をやろうよ」と提案した。薬種商からさな値札の注文が届いていたのだ。

その夜、族は台所で飯をべた。母がくなってから、美佐が帰れるは飯を炊き、父とはそれ以のにはの裏で簡単に済ませていた。父は噌汁の椀を置くと、に言った。「おをへ勤めさせたのは、俺だ。活字箱ので腰を曲げさせるより、いいとった」。美佐は「私もそうっていた」と答えた。

父は続けた。「昔、印刷したでが助かったこともある。震災のは、迷った族のき先をいた貼りを何百枚も刷った。だからが悪いとはわん。でも、何をいたからん顔はできん」。美佐は父が注文を断るとった。しかし父は「職のも、らん顔では済まん」

と続けた。

翌朝、森崎が印刷所へ来た。等の靴に埃がつくのを気にしながら、の奥まで入り、「細かい字句の問題でを取らせた」と言った。「この文面でお願いします。本の指示です」。そして封筒からをした。円。源吉は数えずに机のへ置いた。

「支さん。印刷したを見てを預けたが損をしたら、私どもは何と言えばいいんでしょう」

森崎は答えた。「責任はにあります」。

「なら、の名で注文をしてください」

森崎は瞬だけ黙り、「本が忙しい。類はで回す」と言った。父は印刷のほうを見た。も、入にった美佐もかなかった。

「この円、いただきます」

父の声に美佐は振り向いた。源吉は封筒を拾い、机の引きしへしまった。「ただし、今晩は械を回しません。類が来たら、正して刷ります」。森崎は唇を引き結び、帰っていった。

その、印刷所のを通った問の川が、「の仕事を断って無事で済むとうのか」と言った。源吉は答えなかった。の灯を消す頃、所の駄菓子の娘がり込んできた。父の印刷所よりきなが、同じの名を入れた貼りを量に刷っているという。

注文先を替えられたのだ。源吉は黙って活字を解いた。は悔しさに机を叩いた。「父ちゃん、あの円だって返さなきゃならないのに!」

源吉は引きしをけ、を取りした。さをっているように、のでしばらく持っていた。

「、返してくる」

美佐は父の横顔を見た。で伝票を止めた自分と、印刷を止めた父。同じ「止める」ということでも、誰のために、どんな責任を負うのかは違っていた。

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