"返せなかった六百二十円" 第8話
週という期限
、政府は融の混乱を抑えるため、週の支払猶予を設けた。は斉に営業を休む措置を取り、預者たちは先の掲示を見げていた。昨まで、現がりなくなるに引きそうと争っていた々が、今度は誰も窓に入れなくなった。
「週したら、必ず返るのか」
「うちの賃はどうなる」
「職へのをどう払うんだ」
商にはが渦巻いた。美佐はのを通った。以なら裏から入り、帳簿をいていたである。窓には営業を休む旨の掲示が貼られ、々はそので肩を寄せて読んでいた。文子がからてきた、美佐はわず声を掛けた。
「何が決まったの?」
文子は疲れた顔で首を振った。「本から順に指示が来ます。扱いはごとに事が違うし、例もある。私たちが勝に約束できることはない」。美佐はうなずいた。通達の正確な文言もらないまま、誰かに「週待てばいい」と言うのは危ない。
父の印刷所では、朝から仕事が止まっていた。注文主の製本所が支払いを先延ばしにし、問もしい掛け売りを渋ったからだ。源吉は職を集め、「今の現がりない。まずそれを認めてくれ」と言った。井が「またですか」と声を荒らげた。父はをげた。「すまん。ただ、何も考えていないわけじゃない」
広告
。
机に置いたのは、町内会から受けた受付控えの注文代だった。百枚の仕事はさい。それでも支払期を決め、現で払うと確認を取っていた。源吉は「これを井とへ先に回す」と言った。戸倉はまだ戻らず、残った職たちの取り分はない。の断裁・柿崎が「源吉さんのの米代は」と聞いた。父は「俺はでいい」と言いかけたが、美佐が止めた。
「お父さんがべなければ働けない。自分の取り分も、帳面にいて」
父は渋々自分の活費を別に記した。美佐は数字を度確かめた。で働いていた頃、預と貸の額は別々に並んでいた。印刷所では父が先に事を抜けば数字だけはう。しかしそれでは来が続かない。
そのの午、井の母の容体が悪くなった。井が薬を買いにくと、診療所から請求の期限を伝えられたという。父はまだ払えていないの部を先渡しすると言ったが、元の現はぎりぎりだった。そこで美佐は、町内会から注文代の部をめに受け取れないか相談しにた。
町内会の会計係は、話を聞いて顔を曇らせた。「こちらも商の寄付で回っています。寄付したがでをせず、今は予定どおり集まらない」。美佐はそこで初めて、印刷所の円が別のの円に頼っていることを、目のの事実として理解した。
広告
「半分だけでも払いにしていただけませんか。来がったは今渡せます」
「規約には払いはないんです」
「では、役員の方と相談していただけますか。無理なら断ってください」
美佐は通帳をすのように、のの注文控えを差しした。支払う側にも責任があることをった今、急いで結論だけ迫ることはできなかった。会計係は翌までに返事をすると言った。
翌の賃だけではない。の夜学の費用も、父の胸にくのしかかっていた。はを伝いながら々夜の授業に通っていたが、に入ってからは休みが増えた。美佐が『授業を止めないで』と言うと、は『の都だけじゃない。注文が詰まると父ちゃんには任せられない』と答えた。は言い争いになりかけ、父が『勉しながらで働く方法を考えよう』とに入った。
は学のあるは夕方までで仕事を終え、その分、朝に組版の準備をすることになった。に余裕はなかったが、族の誰かが学ぶことを真っ先に削らずに済む方法を、初めてで決めた。
帰り、美佐は父の古いりいである問の川を訪ねた。信用でを卸してきた男も、帳に積んだ請求をに眉に皺を寄せていた。「徳田さんだけ優遇できません」。美佐はうなずいた。
「優遇してほしいんじゃありません。次の仕事のを、来がった品の代と引き換えに買わせてください」。
川は審そうに見た。「現のない商売を続けるつもりですか」
「現がないから、約束を確にしたいんです。を受け取ると代を払うを、同じにできます」
川は考え込み、量ならと答えた。支払えないはを渡さない。約束を破られた側も被害を広げずに済む。このさな条件は、印刷所にとってようやくにしただった。
翌、町内会から半額の払いを認める返事が来た。父はそので井への未払いをさらに減らした。井は「全部払ってもらうまでは辞めません」と言った。父は笑った。「辞める権利もあるんだぞ」。井は「そうですよ。だから自分で決めます」と返した。
美佐は、父と職の会話を聞きながら、のことをった。父が自分のをしたいと言った、美佐にはそれを止める権利がなかった。だが今、父は自分が払えない額を隠さず示し、職に続けるかどうかを選んでもらっている。同じの問題でも、向きい方は変えられるのだ。
週末、に森崎からの状が届いた。は営業再に向けて事務の理をめており、美佐には追加の聞き取りが必だという。そこには、自宅待の理由もかれていた。
《顧客応対の適切な独断》。その言葉だけは美佐も否定できない。
ただし、彼女の名が無断で付された確認欄については、も触れられていなかった。
美佐は父に状を見せた。源吉は「に戻りたいか」と聞いた。
「戻りたい。でも、何でもいいから元へ戻りたいわけじゃない」
父は黙って頷いた。その返事が、ので初めて交わされた、仕事についての対等な会話だった。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
「バカ息子」と笑う義父母、旅行中に息子夫婦が消えた
結婚五年目の立花はる子と夫の琢磨は、念願の新居を手に入れた。しかし、何の相談もなく押しかけてきた義父母が居座り、生活費も払わず、家事をすべてはる子に押しつけるようになる。 ある日、買い物から帰った二人は、義父母が自分たちを嘲笑し、子どものことまで侮辱しているのを聞いてしまう。 長年、親の暴言に耐えてきた琢磨が、初めて口にした「もう限界だ」という言葉。 正面から逆らえない夫を守るため、はる子は義父母に三泊四日の温泉旅行を贈り、その留守中に密かな計画を実行する。何も知らず帰宅する義父母を待つ、予想外の光景とは――。人生逆転|嫁姑|親子関係1.7万字5 232 -
完結第12話
母の葬儀写真に現れた女――銀の花に隠された秘密
幼いころから、人には見えないものが見える紀子。62歳になった彼女は、87歳の母を亡くした葬儀の日、誰も立っていなかったはずの場所に、黒い服の女が写っていることに気づく。女の胸には、銀色の花のブローチ。さらに母の遺品から、見知らぬ女性との古い写真と、秘密の子どもについて書かれた手紙が見つかった。生前、母が繰り返し呼んでいた「千恵子さん」とは誰なのか。そして、棺のそばで聞こえた「あの子はまだ生きてる」という声の意味とは。葬儀写真に残された不可解な影が、半世紀以上封じられてきた家族の秘密を呼び覚ます。日常ホラー|真相|親子関係2.2万字5 304 -
完結第20話
山奥の身代わり花嫁
29歳の水野美緒は、幼い頃から姉ばかりを優遇する両親のもとで、家事と仕事に追われる日々を送っていた。 ある日、姉が見合いの直前に逃げ出し、美緒はその身代わりとして山奥の男に嫁ぐよう命じられる。逆らえば家にも戻れない。古い鞄一つで送り出された美緒だったが、たどり着いた先は想像もしなかった大きな屋敷だった。 しかも門が開いた瞬間、使用人たちが深々と頭を下げ、「お帰りなさいませ、奥様」と迎えた。 まだ結婚の返事すらしていない美緒を、なぜ彼らは待っていたのか。そこには、家族が隠していた縁談の秘密があった。人生逆転|兄弟姉妹|第二の人生|親子関係2.8万字5 1136 -
完結第16話
「嫁は廊下で寝ろ」私が二度と帰らなかった理由
33歳の藤崎恵里は、夫の母を気遣い、義実家での一年間の同居を受け入れた。しかし、優しかった義母の態度は次第に豹変。洗濯物、食器、私物まで次々と居場所を奪われ、ついには仕事から帰った夜、布団を廊下に出されてしまう。 「嫁はここで寝ればいい」 夫まで義母に味方する中、恵里は静かに家の鍵を置き、二度と戻らないと決意する。実は彼女には、家族が知らないもう一つの顔があった。 翌朝、仙台にいる義父から一本の電話が。そして38年前、同じ廊下で起きた出来事が明らかになり、家族の関係は思いがけない方向へ動き始める。因果応報|嫁姑|夫婦|第二の人生|親子関係|金銭問題2.1万字5 5015 -
完結第13話
疎開から戻った娘が、再び村へ帰りたがった理由
昭和二十年の秋。戦争で夫と家を失った文江は、集団疎開から戻った十二歳の娘・幸子と、焼け跡の東京でようやく再会した。 ところが三日後、娘は突然「あの村へ帰りたい」と言い出す。母との暮らしを喜んでくれると思っていた文江は、深く傷ついた。 やがて娘の行李から見つかった一通の手紙。そこには、長野の農家で暮らす九歳の少女・千代との、切実な約束が隠されていた。 自分たちの生活さえ苦しい母娘は、その約束にどう向き合うのか。戦後の厳しい暮らしの中で、家族の絆と本当の居場所を見つめ直す、心温まる物語。時代|歴史|昭和|ミステリー|親子関係2.8万字5 156 -
完結第13話
杉原千畝の査証を得た一家、母だけが出国できない
一九四〇年、リトアニア。故郷ポーランドを追われた十六歳のミラは、両親と弟とともに、杉原千畝が発給した日本の通過査証を手にする。しかし、それは長い逃避行の始まりにすぎなかった。 足りない旅費、次々と求められる書類、そして母の名前に生じた一文字の食い違い。ようやく出国の道が見えた時、許可されたのは家族四人のうち三人だけだった。 母を残して出発するのか、それとも全員で待つのか。見知らぬ人々の小さな善意に支えられながら、一家は生き延びるための道を探していく。 杉原千畝の「命のビザ」の史実を背景に描く、家族と希望の物語。時代|歴史|昭和2.7万字5 216