"六時の椅子" 第3話
燃やさなかった写真
翌朝、ハルはいつもよりくをた。子の脚が畳に当たってさく鳴った。昨と同じ箱のには、達吉の類箱から抜きした枚のを入れてある。
佳代は分に現れた。買い物籠を持っていない。仕事を済ませてから来るつもりだったが、晩眠れなかったという。
「何か、ありましたか」
「見ていただきたいものが」
ハルは帳面の写しを、濡れないよう箱のへ広げた。
《渡辺トシ 歳 仮収容所側より同》
その次の欄に、澄子の名がある。だが続く字がかすれていた。
佳代は指を滑らせた。
「ここ、何といてあるんです」
「『ウメへ引渡し』だといます」
「……」
佳代は繰り返した。ハルは、達吉の跡の癖を説した。濁点をきく打つこと、渡すとくは「渡」のをく伸ばすこと。佳代は納得するまでをさなかった。
「これ、本当の記録ですか。あとから誰かが作ったものじゃなくて」
「夫が救護所でき取った控えです。ただ、役所の正式な帳面ではありません」
それを聞いた佳代の顔が曇った。
「なら、確かめなければ」
「ええ」
が顔をげると、夫が自転を押して来た。彼は話を聞いても驚きすぎず、帳面に目を落とした。
「そのってを探すの?」
「まず、このにあるの所を確かめたいんです」
所は戦の町名だった。
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建物は空襲で変わったが、郵便配達をしていた夫にはい当たる区域があった。
「届け物の都で、そのへんの旧所は調べたことがある。いまはの方の区画に入ってるはず。でも、僕が仕事を休んで歩くわけにはいかないよ」
「それでいいの。教えてくれるだけで助かるわ」
ハルは、若いが何でもしてくれるとっている自分に気づき、すぐ言い直した。
になるに、佳代は針仕事へ戻った。帳面の写しは必な部分だけでき取って持っていった。元のはハルの箱へ戻した。
昼過ぎ、ハルは森田写真館の裏にむを訪ねた。主の甥で、歳。夫婦で物を営んでいたが、叔父がくなってから写真館の建物と残品の理に追われていた。
「野寺さん、写真をに見せるなら名の違いには気をつけてください。うちへ『なぜ勝に渡した』と苦が来ても困りますから」
は玄関で具の請求を見ていた。
「違いを避けるため、族の名と所を聞いてからお見せしています」
「それでも、似た顔はいくらでもいる。叔父の遺品にはおをかけられないんです」
「写真は全部捨てるおつもりですか」
「捨てずに済むよう、古い写真を集めて展示する会社へ話をしています。まとめて買ってくれれば、保管も頼める」
「族の写真まで、売るんですか」
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「賃と解体費がかかっているんですよ。どなたか払ってくださるなら別ですけど」
は声を荒げなかった。卓にはにいた費用が並んでいる。ハルは言い返す言葉を探したが、相がのために困っている事実は変わらなかった。
「かだけ、残りを調べさせてください。そのあとの所も考えます」
「かは待てない。には空にしてくれと言われてます」
「では、までに」
は渋い顔でうなずいた。
森田から届いた昔の葉には、写真に使ったの仕入れが難しくなり、現像液を節約していた頃の話もかれていた。終戦直、はべ物と根を求めるのに精いっぱいで、写真を取り戻すことが差し迫った用事とは限らなかった。森田もそれをっていたから、先にきく宣伝するより、注文帳に残る所へい便りをしていた。その封の部は宛先で戻り、達吉の箱の底になっていた。
ハルは、返ってきた封を通だけいた。には「お預かりしている写真がございます。当たりの方はご連絡を」と、それだけいてあった。戻る宛先がなくても森田は封をした。、自分がからのらせを待ち続けたように、誰かも枚の写真を待っていたのだろう。
帰宅したハルは、茶箪笥のに置いた澄子の写真を見た。
達吉は、焼いてほしいという自分の頼みを聞かなかったのだ。
そのことで腹がつとっていた。しかし残っている写真を見ていると、かつての夫のつきばかりが浮かんだ。晩、達吉はさな字が読みにくくなっても鏡をかけ、の端をまっすぐ揃えていた。
夜、ハルはもう度控えの頁をいた。
トシの引渡し先のには、別のがあった。
《ウメ 受取》
《、へ移》
《同 野寺澄子 負傷者搬送に同》
澄子が子どもとれた、何をしたのか。初めて、それが付を持つ来事になった。
ハルは机に向かい、にウメの名と旧所をき写した。、訪ねにこう。がいなければ、そこで初めて次の段を考えよう。
ふと、玄関の子が目に入った。座っているだけでは済まないが来た。怖さは消えなかったが、畳んだ子をいつもの所に戻し、の切符代になる銭を数えた。
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