"六時の椅子" 第6話
残されたの暮らし
発の、佳代が来られなくなった。裁縫の問から急ぎの注文が入ったのである。朝までに仕げなければ、今の賃から借り分を差し引くと言われたという。
佳代は夕方、ハルのを訪れた。膝のに布袋を置き、指には細い傷があった。
「はけません。済みません」
「あなたが謝ることじゃありません」
「でも、緒に確かめると約束したのに」
「トシちゃんのは、枝さんがしてくれました。いまは返事を待つしかないでしょう」
ハルはそう答えたものの、内では落胆していた。では細い。の答えを聞く、隣に誰かいてほしかった。
佳代はその顔を見抜いたように言った。
「私がけないから、やめるんですか」
「いいえ。きます」
「そうしてください。澄子さんのお母さんが、確かめることですから」
ハルは言い返したくなった。をっているのは自分だけではない。佳代も娘を捜した。そのいを分けいたかったのだ。
「の仕事を軽く見ているつもりはありません。でも、あなたにはトシちゃんがきているかもしれない。その希望がある」
言ってしまってから、ハルは自分の声に驚いた。
佳代の目が細くなった。
「きていれば、それでいいとっているんですか」
「そういうじゃ」
「きていたとして、私のことを母親とうとは限りません。
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向こうので幸せなら、私は何を言えばいいんでしょう」
ハルは黙った。
「私は、返事が来るのが怖いんです。来ないのも怖い。お宅の娘さんを調べたい気持ちは本当ですけど、私にも今の仕事があります」
佳代は布袋を持ってった。
「、おでってください。帰ってきたら、話を聞かせてください」
戸を閉める音はさかった。それでもハルには、母娘が論した最の夜をいさせる音だった。
昭、澄子は所の子のいるへ伝いにこうとしていた。のがいとらせが回っていたのに、の子をにできないと言った。
「うちのことを先にしなさい」
ハルはそう言った。では達吉が邪をひいて伏せっていた。炭はなく、を汲みにくにも誰かのがった。娘の善を責めたかったのではない。ただ、自分も怖かった。
「がりないなら、く戻るわ」
「いつもそう言って、帰るのが遅いじゃないか」
「今だけはかせて」
そのの澄子の目を覚えている。反抗ではなく、急いでいたのだ。
「よその子ばかり事なら、もう帰ってこなくていい」
言い終えたも、ハルはったふりを続けた。澄子が履を履き、戸をけるまで、声をかけなかった。
翌、町の半が焼けた。誰も戻るなと言った言葉を取り消しに来てはくれなかった。
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帰りの賃を残すため、財布のをさな封筒につに分けた。達吉がきていた頃、くへくには必ずそうしていた。片方をなくしてもへ戻れるように、と教えてくれたのだ。ハルは若い頃、その用さが面倒だった。今は自分の活を守る切な仕度だと分かる。
玄関の隣の部には、やりかけの内職が積んである。は留守にするため、仕げの期限をもって延ばしてもらった。収入がし減る。娘の方を確かめるための旅は、老いたハルにもさくない代価を払わせた。
夜、ハルは旅に使う財布をけた。片の賃、寺への礼として持つ菓子、昼飯代。など分ではなく、内職と蓄えで活していた。残を数えてから、菓子をつ減らした。寺へは菓子より資料を持っていくべきだ。
夫の遺ので照会状を読み直す。達吉の控えの由来を説する文を加えた。彼がどこで聞き取った名か、推測と確かなことを分けた。
その、隣のから噌汁の匂いがした。いつもなら自分の台所でも煮物を温めるだ。ハルは急に腹が減っていると気づいた。今夜べなければ、は途で歩けなくなる。
米を洗うとがたかった。膝が痛いからと、子に腰をろして作業する。べる。薬をむ。旅先で困らないよう替えの袋を入れる。
こんなさな支度を、の自分は何もかもおろそかにしていた。娘が帰らないと分かった々、べることも洗濯も、自分だけ続けていいのかとった。達吉は黙って茶碗を置き、分の湯を汲んでくれた。
翌朝、夫がに来た。配達を終えたで、し汗をかいている。
「の朝、寺へくって聞いた。母さんが使ってた古い図、持ってきたよ」
図には川沿いの旧がかれている。夫が赤鉛で駅からの曲がり角を示していた。
「ありがとうございます。でも、あなた、もう仕事へ戻らないと」
「今は午の配達が終わった。昼から別の仕事があるけどね」
ハルは図を丁寧に畳んだ。青が何もかも引き受けてくれるわけではない。自分のくをし照らしてくれただけだった。
「ひとりでける?」
「ええ。ひとりでかなくちゃ」
言ってから、ハルは自分の元がし緩むのをじた。何かをするのに、から許しをもらう必はなかったのだ。
そのの、ハルはいつもどおり子を畳んだ。ただし、はここには来ない。シャッターへ貼るに、《お休みします》ときした。
のに、夫の使ったさな鉛を置いた。万だれかが名を確かめに来れば、に伝えてもらえるようにしてある。
約束をつ残し、ハルは切符を買いに駅へ向かった。
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