"六時の椅子" 第8話
寺への
朝の列は、窓がし曇っていた。ハルは膝を守るため座席の端に腰をろし、鞄を抱いた。隣に座る女学は教科をき、その向かいでは作業着の男が眠っていた。誰も自分のき先をらない。そのことが妙に気楽だった。
京をれて川を渡ると、並みのに畑が見えた。、ここまで逃れたもいただろう。そううと、ハルは窓から目をそらせなかった。
夫が描いてくれた図によれば、駅から慈寺まで歩いて分だった。実際には分以かかった。がしくなり、曲がるはずの辻にが建っていたからだ。
寺のには、枯れた蔓が絡んでいた。境内のは朝でく、鐘楼のにさな箱が積まれている。ハルは呼び鈴を鳴らした。
てきたのは、のい職だった。はほど。ハルの照会状を読むと、困った顔をした。
「昭の救護所ですか。当、私はまだこの寺におりませんで」
「記録がこちらに移されたと聞きました」
「残っているものはあります。ただ、当の臨記録ですから、揃ってはいません」
「見るだけでも、お願いできませんか」
職はハルを客へ通した。縁側にさな鉢があり、茶の葉の匂いがした。
「先に、お名とお探しの方のを」
ハルは準備したを差しした。娘の名をでく、が震えたが、き直さなかった。
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は昭。母が覚えている最初のだ。
「しおをいただきます。束ごとに入っていますから」
職がれた、ハルは縁側を見つめた。のない庭に、のさな溝が続いている。ここで負傷者が寝かされたのかもしれない。けれど目のの平穏な庭から、あのの苦しさを勝に像したくはなかった。
途、寺へ灯油を届けに来たが戸で職と話している声が聞こえた。の灯りはく保たず、寺の台所でもを倹約しているらしい。ハルは、ここを訪ねることが相の仕事を止めるのだと気づき、用したの質問をつに絞った。名と齢がうか。娘の取りを示す記録があるか。原本の置き所はどこか。それ以は、今すぐらなくてもよい。
寺の帳面にはにも勢の名がある。の母親が全部を独り占めして確かめるわけにはいかない。ハルは焦りを抑えて、の角を度折った。
待つ、ハルは弁当をいた。昨夜握ったさな梅干し入りの飯つ。欲はなかったが、つべた。茶をむと、喉の奥に温かさが戻ってきた。
職が戻ってきたのは昼くだった。きな布包みと、い箱を持っている。
「本堂の修繕の際に、昭の類を別箱へ移した記録がありました。こちらがその箱です」
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箱にはので《臨救護所 員・搬送》とかれていた。湿気で表面が波打っている。
「どれも度にくと傷みます。冊ずつにしましょう」
ハルはうなずいた。寺の帳面がてきたからといって、全ての答えがあるわけではない。それでも最初の頁には、付と担当者の名が然と並んでいた。なくともここには、が覚えておこうとした跡がある。
。負傷者の搬送を受けた刻がかれている。。発と当ての記録。。名の載らないもいる。
ハルは頁のに指を入れないよう、端だけをそっとめくった。
「これです。『野寺澄子』」
職が指で示したは、搬送を伝った者の欄だった。
《野寺澄子 歳 京本所方面より 午入所》
わず、ハルは写真を取りした。職は枚のを見比べた。
「齢と旧所はっています。ただ、同姓同名という能性はありますので、別の欄も確認しましょう」
この慎さは必だった。、自分は掛かりを見つけるたびに結論を急いできた。名を聞いたと言われれば娘がきているとい、者の話を聞けばくなったと決めかけた。
「次の頁に、伝いのの配置がありますね」
そこには澄子の名の横に《担架運搬、炊事の補助》とかれていた。負傷者としてではなく、働く者として入っていたのだ。
「このあと、どうなっていますか」
職は別冊をいた。布表の角が欠けている。
「ここからは当てを受けたの名です。まず、付をわせて」
ハルの目はずつ追った。の夜に、同じ名を見つけた。
《野寺澄子 女 歳》
続く字は墨が滲んでいた。
そこへ寺の伝いの女性が顔をし、職を呼んだ。檀から話が入ったという。職は「すぐ戻ります」と告げて席をった。
ハルはになった。目のに名がある。指を伸ばせば次の頁をける。しかし勝に扱ってを破くのが怖く、けなかった。
窓のから箒の音が聞こえてくる。寺はこの、何度も季節を変え、根の修理もってきた。のだけが、あのの午に留まっている。
職が戻ると、ハルは静かに尋ねた。
「墨が滲んでいて、読めないところがあります。次の帳面にも、この名はていますか」
「確認してみます。隣の箱に、くなった方の記録と、残された品の覧があるはずです」
ハルはさく息を吐いた。とうとう、ここまで来た。りたい。るのが怖い。そのつはどちらか方にはならなかった。
職は箱の紐をほどき、もう冊の帳面をに取った。表には、達吉の控えにかれた名と同じ、慈寺の印が押してあった。
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