"六時の椅子" 第11話
もうの娘
佳代への返事が届いたのは、の午だった。
枝がまずを受け取った。差は静岡で暮らす川の親類で、封筒のには枚のい便箋が入っていた。
《お尋ねの子は、川で預かっていたトシという女に相違ありません。本は今、別の名字で暮らしています。渡辺様のおは本に渡しました。返事をするかどうかは、本に任せています》
枝はその文を佳代へ届けた。返事をしてよいというらせではない。けれど、幼いにれた子が成まで暮らしてきたことは、初めて具体に分かった。
佳代は裁ち台にをついたまま、く黙っていた。
「きていたんですね」
「はい。向こうからのお返事があるまで、待っていただけますか」
「待ちます」
今度の言葉は、にハルので言ったものと違っていた。佳代には、急いで返事を奪うより、いま暮らしている娘のを守りたいという気持ちがまれていた。
その晩、佳代はハルのを訪れた。ハルは根を煮ていた。鍋を覗いた佳代が「いい匂いですね」と言うと、ハルはもう膳をした。
「今は、仕事がく終わったの?」
「へ帰っても落ち着かなくて」
で夕をべた。佳代は途で、川から届いた文面を読みげた。ハルは箸を置き、静かに聞いた。
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「あなたは、トシちゃんを見つけたんだね」
「まだ会ってもいないのに、そう言っていいでしょうか」
「なくとも、きていたことは分かった」
「はい」
佳代は噌汁をんだ。もうつ茶碗を頼むでもなく、ただ温かい物をべていた。
数、別のが届いた。今度は封筒の表に、はっきりと成した女性の字があった。差の名は川敏。
《渡辺佳代様》
佳代は縫い針を布へ刺したまま、封をけることができなかった。枝に来てもらい、隣へ座ってもらった。
《おをいただき、驚きました。私がさいにトシと呼ばれていたことはっています。川ので育ててくれたたちは、私を守ってくれました。私はいま働いており、すぐに京へくことはできません。よろしければ、まずを続けさせてください》
それだけのい返事だった。母と呼ぶ言葉は、まだどこにもない。
しかし、最のに佳代の目が止まった。
《のの傷は、いまも残っています。幼いにどこで作ったのか、ずっとりたかったのです》
佳代は元を押さえた。のの傷は、歳のトシが台所で転び、割れた茶碗の端に触れてできたものだった。佳代が傷を押さえた、娘は泣かずに「おかあちゃん、痛い」と言った。その声を、佳代は今でも覚えていた。
枝は便箋を取りげなかった。
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佳代が自分で、何度も読み返すのを待った。
夜になって佳代はハルのところへってきた。いつも縫い物で疲れている女が、息を切らしている。
「返事が来ました」
ハルは子をした。は台所に向かいい、便箋をいた。
「トシちゃんは、あなたをらないままきてきたんだね」
「ええ。でも、なら続けてもいいって」
「何をきますか」
「さいころ、どんな子だったか。あの子がらない昔のことを、しずつ」
佳代は笑い、それから急に顔を伏せた。
「私、会えたら抱きしめたいとっていたんです。でも、らない女にいきなり抱きしめられたら、あの子は怖いでしょうね」
「そうかもしれない」
「だから、まず傷の話からきます。痛かったねって。そのあと、うちの台所のことをきます」
ハルはうなずいた。、自分が澄子へ言えなかった言葉はいくらでもある。だが、いまの佳代には言えるが残っている。羨ましくないと言えば嘘になる。それでも、そのを壊したくはなかった。
佳代が帰る、は澄子の写真を見た。佳代は初めて写真へをげた。
「私、あのをい、責めていました」
ハルは首を横に振った。
「澄子は、あなたの謝る言葉を聞けない。でも、あの子がしたことは残っている。トシちゃんがきていたのなら、それも残っているんでしょう」
佳代は何も付けさなかった。廊の計がを打った。ハルは、あの子のことをにしても、もうが止まらないのだとった。
翌、佳代は便箋を枚買った。枚にはトシが幼いに好きだったを、もう枚には、の傷のことと父親のいをいた。父親は戦にくなっている。佳代は、らない父の話をどこから始めればよいか迷い、結局、魚が嫌いだったことからいた。
《お父さんは、魚の骨を取るのが苦でした。でもあなたの分だけは、をかけて取ってくれました》
文章をいているうちに、佳代は涙をこぼした。、声にす相のなかった常の話が、いくつも胸に残っていた。
ハルはその様子を聞かず、写真館の最の箱を片づけていた。の物を返す仕事と、会いたいへをく仕事は似ているようで違う。相が受け取るかどうかは、相が決めることだった。
その晩、ハルは澄子へをこうとった。便箋をして、最初にこういた。
《澄子へ。お母さんは、あののことを忘れていません》
そこまででを置いた。謝る言葉はたくさんある。どれも、受け取ってくれるはいない。けれどいておくことはできる。
ハルは晩かけて、澄子がさいころのこと、達吉が晩まで写真を残したこと、慈寺で名を確かめたことをいた。
翌朝、封をせず写真と緒にしまった。
娘へ届かないだった。それでも、もう焼いてしまいたいとはわなかった。
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