"昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録" 第4話
父が署名した全報告
「が壊れたのは、の夜です。でも、そのには全だという報告がされていたんです」
佐野子さんは、封筒から枚の類を取りした。
枚目は、昭付の点検報告だった。
『第号梁および詰擁壁 目点検済。異常なし』
そのに、分の署名がある。
保線担当、佐野栄吉。
駅務担当、杉原修。
父の名を見たとたん、私は類を持つに力を込めた。
「父も点検したんですか」
「そう記録されています」
子さんは、もう枚を差しした。
それは父がにいた報告だった。
『詰擁壁にたな亀裂を確認。による砂流のおそれあり。当該区の運転を見わせ、再点検をす』
最に父の署名があった。
そのには、赤鉛でくき込まれている。
『駅預かり』
受理したことを示す印はなかった。
「父は、には全だと報告して、当になって危険だと言いしたんですね」
「ええ。だから父は、このをずっと処分できなかったんです」
子さんの父、佐野栄吉さんは、号の保守を担当していた。
からの側の擁壁には細かな亀裂があり、そののに補修事がわれたことになっていた。
ところが実際には、表面をモルタルで塗り直しただけで、台の傷んだ部分には分にが入っていなかったという。
広告
「父は、事が終わったと聞かされて署名したそうです。杉原さんも同じでした。ただ、とも自分の目で全部を確かめていなかった。それを悔していました」
「なぜ、ちゃんと確認しなかったんでしょう」
「事のは列もいていたし、保線のもりなかった。駅は、施業者の完報告があるから丈夫だと言ったそうです」
私は枚目の報告を見た。
父は、何も悪くなかったわけではない。
全だと署名した責任は残る。
けれど危険に気づいたあと、黙っていたわけでもなかった。
「この類は、どこからてきたんですか」
「事故の翌週、駅が父のところへ持ってきたそうです。『もう必ないから処分してくれ』と。でも父は捨てなかった」
「駅が、わざわざ佐野さんに?」
「自分の名が入っている類を持っていてほしくなかったのかもしれません。父も、それ以は話しませんでした」
子さんは、古い菓子箱を押しやった。
には、帳や写真、それに折り畳まれたが何枚も詰まっている。
「全部見てください。ただし、私の父も無関係ではありません。そのことは忘れないでください」
午いっぱいかけて、私たちは類を理した。
佐野さんの帳には、の午分に『杉原より連絡。側抜き穴より濁』とある。
午分には『現確認。
広告
擁壁部、約尺の亀裂』。
午分。
『稲葉駅に運転見わせを言』
その先が自然に空いていた。
次の記述は午分。
『赤灯を杉原に預ける。詰へ』
私は刻を確認した。
父が見送った最終旅客列は午分。
それから約、父は赤いランプを持って号へ向かっていた。
「これで、父が終のあと何をしていたのか分かりました」
わずにすると、子さんが首を横に振った。
「まだ分かったのは、へ向かった理由だけです。そのあと何があったのかは、私にも……」
森岡さんが、窓のを眺めたまま言った。
「号を通る予定だったのが、臨貨物列なんでしょうね」
佐野さんの帳には、ほかにも気になる記述があった。
の欄に『稲葉建、補修事代受領』とある。
だが、事が完したとする類の付はだった。
「代を受け取ったのがだっただけでしょうか」
「それなら自然ではありません。ただ、事を済ませたの名がどこにもない」
私は印刷会社で、く伝票や帳簿の正をしてきた。
数字がっていても、付の順序がおかしければ見直す。
ここには、見直されることを恐れたような空があった。
帰り際、子さんはさな包みを渡してくれた。
「これも、父が事にしていました」
にあったのは、赤いランプの取っにつける革紐だった。
濡れて乾いたようなさがあり、端には『S・S』と刻まれていた。
杉原修。
父が自分の具につけるため、母に縫ってもらった印だった。
「お母さんなら、分かるといます」
その夜、母に見せると、母はすぐにうなずいた。
「修が何度もなくすから、私が縫ったのよ。革に字を刻んだのは本」
母は革紐を掌に載せ、親指で表面をなぞった。
「これを佐野さんが持っていたということは、修と会っていたのね」
「うん。午分までは」
母は私を見た。
「それから、どうなったの」
答えられなかった。
、その質問は母から私へ、私から誰かへと渡されるばかりだった。
翌、私は森岡さんと旧駅の札に戻った。
類を代別に分けていると、板のから製の引きしが見つかった。
には、現納簿の表と、破れた受領が枚入っていた。
付は昭。
父が失踪した翌朝だった。
『万千百円 受領』
そのに、父の名が記されている。
杉原修。
そして、刻欄にはこうかれていた。
『午分』
私は何度も計を見た。
父は夜に姿を消したはずなのに、翌朝分にを受け取ったことになっている。
「森岡さん。この署名は誰がいたんでしょう」
森岡さんは顔を変えた。
「その受領は、警察に提されていないはずです」
「どうしてっているんですか」
彼は、私のからを受け取らなかった。
「僕は、駅に頼まれて、当の現納簿を度き直しているんです」
その言葉を聞いて、私は初めて理解した。
父が消えたあと、誰かが父の名義を使ってをかしていた。
しかも、それをるが、今、目のにいる。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和39年、給食費泥棒にされた少女
昭和39年、村の小学校で給食費9,600円がなくなったと騒ぎになり、11歳の岸田和子は担任から泥棒だと決めつけられた。無実を訴えても信じてもらえず、和子は転校を余儀なくされる。それから35年。廃校となった母校で古い出納簿を見つけた和子は、問題の給食費が事件の二日前に全額入金されていたことを知る。なぜ教師は、なくなっていないお金を盗んだと少女を責めたのか。食数の合わない給食記録、突然退職した調理員、沈黙する元同級生。忘れられた帳簿を手がかりに、和子は35年間隠されてきた学校の秘密を追い始める。時代|歴史|昭和|真相3.1万字5 12 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 175 -
完結第13話
六時の椅子
昭和35年、東京下町。72歳の小野寺ハルは、取り壊しが決まった古い写真館の前に、毎朝六時から木椅子を置き、持ち主不明の家族写真を返そうとしていた。 ある朝、一人の女性が写真の中の娘・澄子を見て顔色を変える。十五年前の東京大空襲で、行方不明になった六歳の娘と一緒にいたというのだ。 澄子もまた、あの日から帰っていない。亡き夫が残した古い記録には、二人の名前が並んでいた。 戦争に引き裂かれた家族の足跡を追い、十五年間閉ざされていた真実へと近づく、母たちの物語。時代|歴史|昭和2.8万字5 97 -
完結第20話
貧乏と俺を捨てた元カノ、次期社長との婚約に隠された誤算
「月収四十万円で、私と結婚できると思ってたの?」七年間付き合った恋人・美香に、収入を理由に婚約を破棄された中島涼。失意の帰り道、公園で出会った風変わりな兄弟との交流が、彼の人生を大きく変えていく。物流の経験を生かして建設会社の経営改革に携わり、少しずつ信頼を築いていく涼。二年後、居酒屋で偶然再会した美香は「次期社長と結婚する」と勝ち誇っていた。しかし、彼女も婚約者も、会社で進んでいた重大な決定を知らなかった。金と肩書きで人を見下した二人を待つ、思いがけない逆転劇。人生逆転|裡切られた|真実|第二の人生|金銭問題2.9万字5 674 -
完結第13話
返せなかった六百二十円
昭和二年、金融恐慌に揺れる東京・神田。銀行員の徳田美佐は、取り付け騒ぎのさなか、印刷所を営む父が請求した預金六百二十円だけを、自分の判断で留めてしまう。 給金を払えなくなった父の工場では職人が去り、父娘の間にも深い溝が生まれる。さらに銀行は「いつでも全額払える」と記した宣伝紙を配り、美佐が認めていない報告書には「確認済」の印が押されていた。 自分の過ちと、銀行が隠そうとする事実。美佐は職を失う覚悟で真相に向き合うことになる。時代|歴史|昭和|親子関係2.8万字5 165