みかん小説
本棚

"昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録" 第6話

消された搬送記録

「駅へ戻すな」

その言葉が、何度もので繰り返された。

父は事故に遭った。

けれど、なくとも現ではきていた。

それなのに駅は、族へらせることさえ禁じていた。

私は話の向こうの松さんに尋ねた。

「そのにいたは、ほかに誰ですか」

「保線の佐野さんと、運送会社のが。それから、まだ若かった駅の伝いの子がいました」

「駅の伝いの子?」

「名までは覚えていません。羽を着ていて、顔もよく見えなかった」

私は森岡さんの顔をい浮かべた。

当歳。

あの晩、駅にいた。

「松さん。もう度、直接お会いできませんか」

「来てくれるなら、話します。ただ……」

「ただ?」

「私は、黙っていました。そのことを責められても仕方ありません。でも、自分の覚えていることと、実際に起きたことは分けて話したいんです」

私は翌週、潟へく約束をした。

話を切ると、母が居の入にっていた。

話の部を聞いていたらしい。

「きていたのね」

「うん。なくとも、列を止めたあとまでは」

母は膝を押さえながら子に腰かけた。

「私、あのがどこかできていたら、何度もんだわ」

私は黙っていた。

「どうして帰ってこないの、どうして通のもよこさないのって。でも、もし帰りたくても帰れなかったなら……」

広告

母はそこで言葉を切った。

私は母のを握った。

温かくて、指先だけがしたかった。

「必ず調べる。お父さんがどうなったのか、最まで」

翌朝、のに見らぬ男がっていた。

はスーツ姿で、もうは作業だった。

「杉原美緒さんですか」

スーツの男は名刺を差しした。

稲葉建設、総務部。

「弊社代表から、お話を伺ってまいりました」

応接に通すと、男は封筒を机に置いた。

には、万円の現と、簡単な面があった。

『旧栃倉駅に関する資料調査を終することに同する』

私は面を読み終えると、封筒を押し返した。

「これは何ですか」

「ご族のを考えまして、のお見いを」

「調査をやめたら万円を払う、というですか」

「そういう言い方はなさらないでください。過の来事が、これ以皆さんの負担にならないようにという配慮です」

私は面を指さした。

「それなら、調査を終するという文は必ありませんね」

男は笑顔を消した。

「美緒さん。駅舎の解体は、町の正式な事業です。個のいだけで止められるものではありません」

「私は事を止めるために調べているんじゃありません。父の失踪と、駅のおの記録を確かめたいんです」

「ご族の名誉を考えるなら、あまり騒がないほうがよろしいかと」

その言葉で、私は分だった。

広告

男たちは、現を持って帰った。

しかし、それで終わりではなかった。

、母のにの直しを頼んでいた客から、予約の取り消しが続いた。

所のによると、町では「杉原の娘が、昔の事件を利用して稲葉建設からを取ろうとしている」という噂が流れているらしい。

母は気丈に振るった。

「もうこの歳だもの。仕事が減っても何とかなるわ」

けれど、の奥に積んである直し待ちのは、にになくなった。

それ以に私を驚かせたのは、松本の印刷会社からの話だった。

司が、困った声で言った。

「美緒さん、君の名で問いわせが来ている。会社の資料を私用で使っているんじゃないかって」

「使っていません」

「私もそうっている。ただ、先方は元の力企業らしくてね。会社としては事を確認しないわけにはいかない」

私は話を切ってから、しばらく机のに座っていた。

あのたちは、父のの名誉だけでなく、今の私の仕事まで壊そうとしている。

父を調べるな。

昔と同じように、黙って町をていけ。

そう言われている気がした。

そのの午、私は役で閲覧した資料の控えと、森岡さんから預かった複写伝票を理した。

原本はか所に集めず、内容と保管所を覧にした。

の弁護士にも相談し、資料を第者に預けることにした。

印刷会社には事を説し、業務用の材や資料を調査に使っていないことを確認してもらった。

これ以、何かを失うとしても、せめて相の言い分だけが記録として残ることは避けたかった。

数、私は潟へ向かった。

松さんは、からしれた宅で妻とで暮らしていた。

玄関の駄箱には、きれいに磨かれた革靴が並び、居の壁には鉄の退職記写真が飾られていた。

「お父さんに、よく似ていますね」

松さんは私の顔を見て言った。

「目元が同じです」

私は座布団に座り、持参した写真を差しした。

父が制姿で写っている唯の族写真だった。

昭の、駅の桜ので撮ったものだ。

松さんはいあいだ写真を見ていた。

「このです。違いありません」

その言葉を聞いて、私は初めて父にしづけた気がした。

松さんは、当夜のことをゆっくり話し始めた。

「号ので赤い灯りが揺れているのを見ました。非常の図です。私はすぐに速度を落として、に入るにしました」

「父は、どこにいたんですか」

「線の側です。のでを滑らせそうになりながら、ランプを振っていました」

父は運転士に向かって叫んだという。

『の側が崩れている! これ以むな!』

松さんたちは列を止め、佐野さんとともに線の様子を確かめた。

そのものはまだ崩れていなかった。

ただ、側の擁壁から砂が流れし、線のの盤が部失われていた。

列を通していれば、な事故になったおそれがあった。

「杉原さんは、佐野さんを伝って嚢を運ぼうとしました。そのとき、元が崩れたんです」

「転落したんですか」

「斜面の途で止まりました。でも、と肩を打っていた。私たちが引きげたときには、識がはっきりしていませんでした」

松さんは湯呑みを置いた。

「駅が来たのは、そのあとです。トラックも緒でした」

「救急を呼ばなかったんですか」

「あのではがかかると言われました。トラックで診療所へ運ぶのだとったんです」

「でも、駅は族にらせるなと言った」

「はい。運転を認めた責任が自分に及ぶのを恐れたのだといます。事は終わったことになっていたのに、実際には危険なままだったから」

私はもう度尋ねた。

「父を乗せたトラックは、どちらへ向かったんですか」

松さんは、古い図を広げた。

「駅のほうではなく、へ向かいました。昔の採を通るです」

「診療所とは逆方向ですね」

「そうです。当も変だといました。でも私は列をかせず、現に残りました」

松さんはさらに枚のを取りした。

「事故のあと、私が個にいておいた記録です。

正式な運転報告とは別のものです」

そこには、午分に『負傷者名、トラック搬送』とあった。

そのに、両の登録番号の部が記されている。

私はを見つめた。

「この番号で運送会社を調べられますか」

「当の両が残っているとはえません。でも、会社の名は覚えています」

稲葉運送。

稲葉建の関連会社だった。

「運転は?」

「代くらいの男でした。名は分かりません」

松さんはし考え、付け加えた。

「もう、助席に若い子が乗っていました。たしか駅で働いていたです」

私は、胸の奥がえるのをじた。

森岡さんだ。

彼は、あの夜、父を乗せたトラックに同乗していたのだろうか。

私は最に尋ねた。

「松さん。父が運ばれたあと、警察に本当のことを話しましたか」

「話そうとしました。でも、事故はなかったことになっていました。私は正式な運転報告に、線支障によるとだけかされたんです」

「誰に?」

「稲葉駅です。『は無事だった。負傷者も駅の者ではない』と言われました」

私は黙った。

松さんは続けた。

「杉原さんの失踪が報されたとき、私は駅へ話しました。すると駅がて、『杉原はを持って逃げた。事故とは関係ない』と言ったんです」

「それを信じたんですか」

「信じたというより、反論できなかったんです。

まだ若かったし、仕事もありました。今えば、けない話です」

帰りの列ので、私は窓のを流れる田畑を見ながら、松さんの記録を何度も読んだ。

午分。

父はきていた。

稲葉運送のトラックに乗せられた。

診療所とは逆方向へ運ばれた。

そして、そのに森岡さんらしいが乗っていた。

栃倉へ戻った翌、私は森岡さんに会った。

彼は駅の解体現で、古い扉の蝶番をしていた。

私を見ると、いつものように軽く会釈した。

「潟はどうでしたか」

私は答えず、松さんの記録を差しした。

「昭、午分。父を運んだトラックに、若い駅員が同乗していたそうです」

森岡さんのが止まった。

「それが、どうかしましたか」

「森岡さん。あなた、あのトラックに乗っていたんじゃありませんか」

彼はしばらく黙っていた。

やがて具を置き、く息を吐いた。

「……はい」

私は、その顔を見つめた。

「では、父がどこへ連れていかれたのか、っているんですね」

森岡さんは首を振った。

「全部はりません。ただ、途までは緒でした」

「どこまで?」

彼は、周囲に誰もいないことを確かめてから言った。

「旧採です。そこで杉原さんは、別のに移されました」

「別の?」

「はい。黒い乗用でした」

私は歩づいた。

「誰のですか」

森岡さんは答えなかった。

代わりに、作業着の内ポケットから古びた帳を取りした。

表には昭とある。

「これが、当の僕の記です。ずっと、誰にも見せられませんでした」

のページには、い文章が残っていた。

『杉原さん、採にて別へ。駅、止め。午分』

そのに、さらにあった。

『に乗っていたのは、稲葉さんだけではなかった』

「もうは誰ですか」

森岡さんは唇を噛んだ。

「そののことを話すと、今もこの町で暮らしているたちを巻き込むことになります」

「父はも方なんです。それでも黙るんですか」

彼は私の目を見た。

そして、ようやく言った。

「分かりました。すべて話します。ただ、美緒さんには覚悟していただきたいんです」

「何の覚悟ですか」

「杉原さんを連れていったのに、あなたが昔からっているがいたということです」

私は返す言葉を失った。

森岡さんは帳を閉じた。

「それが誰なのか、、証拠と緒にお見せします」

その夜、私はほとんど眠れなかった。

父は事故で消えたのではない。

なくとも事故のあと、きたまま別の所へ連れていかれた。

では、のあの夜、いったい誰が、父を族から奪ったのだろうか。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: