"昭和44年、終電後に消えた駅員――28年目に見つかった記録" 第11話
目の訂正
の初め、警察から正式に連絡があった。
側資材坑で発見されたの遺骨と遺留品について、調査がんでいるという。
元の確認にはがかかった。
しかし、歯科治療の記録や遺留品、当の関係者の証言などを照した結果、杉原修であると判断された。
私は説を聞きながら、膝のでを握っていた。
ようやく父が見つかった。
だが、というはあまりにもかった。
母は通を受けると、父の写真のに座った。
「修、お帰り」
それだけ言った。
私は、母がもっと泣くとっていた。
けれど母は泣かなかった。
ただ、写真のに置いてあった湯呑みを洗い、しいお茶を入れた。
「たいまま待たせてしまったわね」
その言葉を聞いたとき、私は台所へき、しばらく戻れなかった。
父の方が分かったことで、すべてが終わったわけではなかった。
警察は、当の経緯について関係者から事を聞き続けた。
稲葉源駅はすでにくなっていた。
稲葉建の当の社も齢で、分な説ができる状態ではなかった。
いが経過していることもあり、法な責任をらかにするには難しい部分がかった。
それでも、事実はつずつ積みなっていった。
父が万千百円を盗んだという記録は、正確ではなかった。
広告
そのは、取り消された貨物料の処理に関係するもので、父が持ち逃げした証拠はなかった。
父は最終旅客列のあと、危険なへ向かっていた。
臨列を止めるため、赤いランプを振った。
その結果、列はので止し、事故は避けられた。
父はその現で怪をし、旧採の宿舎へ運ばれた。
医師は病院への搬送を求めたが、会社側はそれを実しなかった。
そして、父はくなった。
その事実を隠すため、父の失踪と現が結びつけられた。
私は、弁護士と相談しながら、これまで集めた資料をつの記録にまとめた。
父のことをただ褒める文章にはしなかった。
全確認の類に署名した責任もいた。
事が分だとりながら、最初は駅に従ったこともいた。
そして、最には危険を見過ごせず、自分で列を止めにったことも。
私は、父のすべてを残したかった。
ある、稲葉弘之がを訪ねてきた。
以のような横柄な態度ではなかった。
「杉原さん。聞の記事について、お話があります」
私は母と緒に応接へ通した。
稲葉さんは、しばらく黙っていた。
やがてくをげた。
「祖父のしたことについて、申し訳ありませんでした」
私はその言葉を聞いても、すぐには答えなかった。
「謝っていただくだけでは、終われません」
広告
「分かっています」
「町のたちは、今でも父がおを持って逃げたとっています。学で私にそう言ったもいました。母は、この町で何も肩の狭いいをしました」
稲葉さんは顔をげなかった。
「そのことを、どう考えていますか」
「私も、会社を守ろうとしていました」
彼はい声で言った。
「資料がてきたとき、正直に調べるべきでした。でも、昔の正がらかになれば、今の仕事にも響がるとったんです」
「だから、私の仕事先へまで問いわせたんですね」
「……はい」
私は机のに、稲葉建設から渡された面のコピーを置いた。
『調査を終することに同する』
「この面も保管しています」
稲葉さんは目を伏せた。
「申し訳ありません」
私は言った。
「謝罪するなら、父の名誉を傷つけた記録を訂正するために協力してください」
「何をすればよろしいでしょうか」
「会社が保管している資料を、残っている限り公してください。そして、万千百円の件と、父がくなった事実について、会社として説してください」
稲葉さんは、いあいだ考えていた。
やがて、うなずいた。
「分かりました」
数週、稲葉建設は正式な説文を発表した。
当の補修事が分だったこと。
貨物料の処理に適切な点があったこと。
杉原修が現を持ち逃げしたと断定できる証拠がないこと。
負傷した杉原を適切に病院へ搬送せず、そのの経緯を族にらせなかったこと。
説文は、町の広報にも掲載された。
稲葉弘之は、発協議会の役職を辞した。
私はそれを読んで、ようやくし息ができた。
父の名が、初めて正しい形で公の記録に残ったのだ。
しかし、最もつらかったのは、そのあとだった。
町のたちが、次々にを訪ねてくるようになった。
「昔は、ひどいことを言ってしまって」
「らなかったんです」
「お父さんは派なだったんですね」
私は、何度もをげられた。
ありがたいとうこともあった。
けれど、疲れることもあった。
、父を棒と決めつけたたちが、今度は父を英雄と呼ぶ。
は、こんなにも簡単に同じの評価を変えるのだろうか。
私は、父が英雄だったとはわなかった。
父は違えた。
怖がった。
仕事を失うことを恐れて、危険な類に署名した。
それでも最に、逃げずにした。
私は、その事実で分だった。
ある夕方、森岡さんがを訪ねてきた。
さな箱を持っている。
「駅の解体現で見つけました」
には、古い真鍮の鐘が入っていた。
かつて、駅の改札で使われていたものだという。
「杉原さんが毎朝磨いていた鐘です」
森岡さんは、母にをげた。
「千鶴さん。本当に申し訳ありませんでした」
母は鐘を見つめた。
そして、静かに言った。
「森岡さん。あなたも、ずっと苦しかったでしょう」
森岡さんは顔をげた。
「でも、許してもらえるとはっていません」
母は首を横に振った。
「許すかどうかは、まだ分かりません。ただ、これからは本当のことを話してください」
森岡さんは何度もうなずいた。
帰り際、彼は私に通の封筒を渡した。
「これは、杉原さんが僕に預けていたものです」
「父が?」
「事故のの週です。もし自分がいなくなったら、美緒ちゃんに渡してほしいと言われました」
私は驚いた。
「どうして今まで……」
「怖くてけられなかったんです。もりません」
私は封筒を受け取った。
古いの表には、父の字でかれていた。
『美緒へ。きくなったら読んでほしい』
私は、そのではけなかった。
、父の声を探し続けてきた。
そして今、父が私に残した言葉が、のにあった。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
昭和39年、給食費泥棒にされた少女
昭和39年、村の小学校で給食費9,600円がなくなったと騒ぎになり、11歳の岸田和子は担任から泥棒だと決めつけられた。無実を訴えても信じてもらえず、和子は転校を余儀なくされる。それから35年。廃校となった母校で古い出納簿を見つけた和子は、問題の給食費が事件の二日前に全額入金されていたことを知る。なぜ教師は、なくなっていないお金を盗んだと少女を責めたのか。食数の合わない給食記録、突然退職した調理員、沈黙する元同級生。忘れられた帳簿を手がかりに、和子は35年間隠されてきた学校の秘密を追い始める。時代|歴史|昭和|真相3.1万字5 12 -
完結第12話
雨宮停留所の黄色い傘
私は六十二歳。幼いころから、ときどき人には見えない姿や声を感じることがある。 山梨の小さな町で叔母の家を片づけていたある雨の日、廃止された停留所の水たまりに、黄色い傘を差した少年が映った。 そこで出会った老女は、四十年近く前に失踪した息子を今も待ち続けているという。 「まだ帰れない」 少年が残した言葉を手がかりに調べ始めると、破り取られたバスの運行日誌、隠された手紙、そして家族が長年伏せてきた秘密が浮かび上がる。 あの少年は、いったい何を伝えようとしているのか。日常ホラー|ミステリー|真相|親子関係2.2万字5 175 -
完結第13話
六時の椅子
昭和35年、東京下町。72歳の小野寺ハルは、取り壊しが決まった古い写真館の前に、毎朝六時から木椅子を置き、持ち主不明の家族写真を返そうとしていた。 ある朝、一人の女性が写真の中の娘・澄子を見て顔色を変える。十五年前の東京大空襲で、行方不明になった六歳の娘と一緒にいたというのだ。 澄子もまた、あの日から帰っていない。亡き夫が残した古い記録には、二人の名前が並んでいた。 戦争に引き裂かれた家族の足跡を追い、十五年間閉ざされていた真実へと近づく、母たちの物語。時代|歴史|昭和2.8万字5 97 -
完結第20話
貧乏と俺を捨てた元カノ、次期社長との婚約に隠された誤算
「月収四十万円で、私と結婚できると思ってたの?」七年間付き合った恋人・美香に、収入を理由に婚約を破棄された中島涼。失意の帰り道、公園で出会った風変わりな兄弟との交流が、彼の人生を大きく変えていく。物流の経験を生かして建設会社の経営改革に携わり、少しずつ信頼を築いていく涼。二年後、居酒屋で偶然再会した美香は「次期社長と結婚する」と勝ち誇っていた。しかし、彼女も婚約者も、会社で進んでいた重大な決定を知らなかった。金と肩書きで人を見下した二人を待つ、思いがけない逆転劇。人生逆転|裡切られた|真実|第二の人生|金銭問題2.9万字5 674 -
完結第13話
返せなかった六百二十円
昭和二年、金融恐慌に揺れる東京・神田。銀行員の徳田美佐は、取り付け騒ぎのさなか、印刷所を営む父が請求した預金六百二十円だけを、自分の判断で留めてしまう。 給金を払えなくなった父の工場では職人が去り、父娘の間にも深い溝が生まれる。さらに銀行は「いつでも全額払える」と記した宣伝紙を配り、美佐が認めていない報告書には「確認済」の印が押されていた。 自分の過ちと、銀行が隠そうとする事実。美佐は職を失う覚悟で真相に向き合うことになる。時代|歴史|昭和|親子関係2.8万字5 165