"昭和39年、給食費泥棒にされた少女" 第9話
しなかった
松ノ共同炊事の跡へったのは、翌週のことだった。
さんが持っていた古い図を頼りに、私はの側へ向かった。
昔は林業が盛んだったも、今はほとんどが通らない。
の端には落ち葉が積もり、古い柱が傾いていた。
図に記された所へ着くと、はもうなかった。
代わりに、さな畑と物置が建っている。
くで畑仕事をしていた女性に尋ねると、昔の炊事のことを覚えていた。
「ここに、子どもたちの事を作る所があったと聞いたんですが」
女性は、鍬を置いた。
「ああ、そんな板があったね」
「実際に、子どもたちは来ていましたか」
「たまには来ていたよ」
私はし驚いた。
「何くらいですか」
「、だったかな。ののからりてきた子たちが、たまに汁物をもらっていた」
「いたことは?」
女性は首を振った。
「そんなにいたら覚えているよ。この辺りは、もともとがなかったからね」
私は礼を言い、帳に記録した。
つまり、共同炊事は完全な架空施設ではなかった。
実際に事を配る活はわれていた。
しかし、毎分を提供していたという記録とは、きな違いがある。
私はそので、旧役の資料を調べた。
昭の区別児童数の記録には、共同炊事のある域に暮らしていた学齢期の子どもは、にも満たなかった。
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毎が通っていたという説は、どう考えても自然だった。
ただ、の仕事に従事するたちが季節ごとに移していたこともあり、民票だけでは数を断定できない。
私は、当の炊事をるをさらに探した。
数、元林業作業員の男性に会うことができた。
名は川端清。
昭当、代の若い作業員だったという。
「炊事には、私も何度かきました」
川端さんは話した。
「になると、仕事の族に温かい汁物を配っていたんです」
「毎ですか」
「いいえ。週に度か度だったといます」
「のパンや牛乳が届いていましたか」
「たまにパンはありました。でも、学のが毎運ばれてきた記憶はありません」
私は、さんの記録を見せた。
『対象児童名』
川端さんは笑った。
「? そんな数はいませんでしたよ」
そして、し考えてから言った。
「ただ、杉本が炊事へ来たことはあります」
「先が?」
「ええ。寄付を集めているから、困っているがいたららせてほしいと言っていました」
私は帳をいた。
「その寄付は、実際に使われていたんでしょうか」
「部は使われていたといます。鍋や器を買ってもらったこともあったから」
私はうなずいた。
杉本は、すべてを自分のために使っていたわけではない。
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本当に困っている子どもたちを助けた部分もあった。
しかし、その善が、自然な会計を正当化することにはならない。
私は川端さんに礼を言い、帰についた。
町へ戻ると、役から連絡が入っていた。
学の正請求について、正式な調査を始めることになったという。
教育委員会だけでなく、町の会計担当者も参加することになった。
私はほっとした。
しかし、翌から、妙な噂が広がり始めた。
『岸田子は、昔の教師を責めてを取ろうとしている』
『学がなくなるのを利用して、町を騒がせている』
父のにも、らないから話が入った。
「娘さんを、もうし静かにさせたらどうですか」
父は何も言い返さず、話を切った。
私は申し訳なくった。
「お父さん。ごめんね」
父は首を振った。
「おが謝ることじゃない」
「でも、またに迷惑がかかってる」
父は笑った。
「も、同じようなことがあったな」
私は顔をげた。
「今度は違うよ。私はもう子どもじゃないから」
「そうだな」
父は、私の肩を軽く叩いた。
「だから、お父さんも配していない」
そのの夕方、杉本正彦から話があった。
「岸田さん。あなたは、まだ調査を続けるんですか」
「はい」
「父がくなってから、もう何もたっています。今さら何をらかにしたいんですか」
「学のおが、どこへったのかです」
正彦はため息をついた。
「あなたは、父がを盗んだとでも言いたいんですか」
「まだ分かりません。だから資料を調べています」
「町のが困っていますよ」
「私も、困っていました」
私は落ち着いて答えた。
正彦は黙った。
そして、い声で言った。
「学の資料には、個報が含まれています。扱いを違えれば、あなた自の責任になりますよ」
私は、その言葉を記録した。
脅しだと決めつけるつもりはなかった。
ただ、調査をやめさせようとする働きかけが続いていることは、事実として残しておきたかった。
翌、私は図館の司に相談した。
資料の複写は私用の調査としてい、勤務先の資料や設備は使っていないことも改めて確認してもらった。
さらに、町の担当者へ面を提し、資料の保全を求めた。
こうしておけば、突然処分されることを防げるかもしれない。
数、さんから連絡があった。
「岸田さん。古い資料を見直していたら、もうつてきました」
私はすぐに会いにった。
さんが差ししたのは、昭の精算だった。
共同炊事への支として処理された額の部が、品商会へ振り込まれている。
そのには、別の類があった。
『取得費用 替精算』
私は首をかしげた。
「学の会計に、取得費用があるんですか」
「そこが、おかしいんです」
さんは、古い図をした。
「このは、昭に品商会の関係者から杉本へ移っています」
私は図を見つめた。
所は町の部だった。
現、杉本正彦が経営する会社の事務所が建っているだった。
「のおが、の購入に使われたということですか」
さんは首を振った。
「それだけでは断定できません。ただ、の流れとの移転期がなっています」
私は類をもう度見た。
補助。
寄付。
品商会。
の取得。
つずつ調べれば、何が起きたのか分かるかもしれない。
さんは、最に枚のをした。
『学特別会計 最終精算』
そこには、杉本の署名があった。
そして、その横にもう。
『品商会 代表 庭庄造』
私は名を読みげた。
「庭庄造……」
さんはうなずいた。
「当、品の社だったです」
私は帳にき留めた。
庭庄造は、町では慈善としてられていた物だった。
学の図へ本を寄贈し、体育館の建設にも寄付したという。
町の古い広報には、謝状を受け取る写真が何度も載っていた。
私は、その写真をいした。
杉本と並んで笑う、派な背広姿の男。
けれど、いま元にある類では、その物が学の会計にく関わっている。
しかも、最の精算には自然な文があった。
『差額は両者協議のうえ処理済』
私はさんを見た。
「この『両者』というのは、と業者のことですよね」
「そうだといます」
「では、町の会計担当者は?」
さんは首を振った。
「その署名はありません」
私は、ようやく核にづいた気がした。
学の費は盗まれていなかった。
では、誰が、何のために帳簿をにつけていたのか。
その答えは、と品業者のにあったのだ。
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