"昭和32年、町中が機を止めた日に織り続けた73歳の女" 第8話
縞の見本
縞物の見本を織る話は、町の女たちのでまた揉めた。普通の仕事を百円で受ける条件さえ固まっていないのに、しい見本を作るなど織元に都がよすぎる。そう言う女がかった。
フキはヨシを呼び、で条件をいた。糸は織元が無償で支する。見本を仕げるための作業に対して、計千円を参加者へ支払う。見本が採用されなくても返を求めない。採用されたの賃は改めて全員で決める。
「千円、払えるのかい」とヨシ。
「払うのは沢さんだよ。あなたに聞いてどうするの」
「そんながあったら、賃を戻せるんじゃないか」
「たった回の見本よ。毎何反もる仕事と緒にはできない」
ヨシはを叩いた。自分は今まで数字を見ず、払えるか払えないかを気持ちで考えていた。
澄は条件を読み、夫へ持っていった。沢は度断った。だが問がこれから半に縞物の注文先を決めることを聞き、結局、見本代の支払いを承した。もし受注できなければの損になる。その責任はヨシのにも女たちにも転嫁しないとにいた。
作業にはフキ、ミネ、園子、そしてヨシが加わった。苗は糸巻きを担当するかわりに、作業を記録することにした。全員が同じ机のに座って話すのは、あの以来初めてだった。
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最初に集まったの夕は、それぞれので簡単に済ませた。ヨシのでは苗がえた根を煮直し、信夫にだけ卵を落とした。ヨシが「もくから」と言うと、苗は針箱の蓋を閉めた。「私もきます。見本の仕事は私のも数えると約束しましたから」。その言い方に、ヨシはし驚いた。以の苗なら、を守るためヨシの仕事にわせてくと言っただろう。今は自分が参加する理由を、自分の言葉で決めている。ヨシは「そうしなさい」とも「好きにしなさい」とも言わず、使う糸をで並べた。さない束が、茶のの真んにまっすぐ置かれた。
最初のは糸の配だけで終わった。縦糸の青がったより濃く、横糸のが黒く沈む。沢のからもらった指示は、図のではきれいだったが、実際の糸とは違った。
「またやり直しか」とミネが言った。
「やり直すなら、何分かかったかいておいて」と苗。
園子が笑った。
「苗さん、うちの姑より細かい」
「で何もかないから、いつも私の働いたが消えるんです」
ヨシはその言葉に顔をげたが、を挟まなかった。苗は落ち着いたで計を見ていた。
目、見本の縞がずれた。ミネが初めて扱う糸に力を入れ過ぎ、い筋が本歪んだ。ミネはすぐにほどこうとしたが、ヨシは止めた。
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「ほどくに、どこから違ったか見よう」
「く直したほうがいいでしょう」
「原因が分からなきゃ、また同じところでずれる」
ヨシは布の端を指でなぞった。本の横糸が弛んでいる。杼を渡す、体が反対へ傾いていたのだ。ミネに織へ座ってもらい、ヨシは杼を使わずの踏み方だけ見せた。
「へ踏み込む、肩はかさない。糸の張りはで見るんだよ」
「見えないよ、じゃ」
「見えないなら、音を聞く」
ミネは目を閉じて踏んだ。最初はぎこちなかったが、やがて定の音になった。ヨシは自分が若い、母から何度も同じことを言われたのをいした。母は優しいではなかったが、のでは嘘をつかなかった。
見本ができたのは目の夕方だった。センチほどの幅で縞がぴたりと続く。ヨシは最の糸を押さえ、ミネに仕げを頼んだ。自分が全部やりたいとったのに、指がかなかった。
「ヨシさん、ここは私がやっていい?」と園子。
「もちろん」
園子は際よく端をそろえた。若いにはできることがある。自分にしかできないと信じていた仕事のつを、ヨシは放した。
見本の途、澄が倉庫から補充の糸を運んできたことがあった。帯は同じ番号なのに、束ごとに包みのがわずかに違う。園子は「しい包みかな」と言い、誰もそれ以気に留めなかった。
ヨシは縦糸と横糸の太さばかり見比べ、染めがりには目をやらなかった。あとで振り返れば、そこにさな兆しはあった。だがそのの彼女たちは、何より本の縞を見本どおりに通すことへ気持ちが向いていた。最初に決めた順が守れるようになると、は次も同じだとってしまう。ヨシはに、その瞬の気の緩みを忘れず、若い織子へ糸を渡すには必ず昼のへ持ちすようになる。
問へ見本を持っていったのは沢と澄だった。翌の夜に帰ってきたは、嬉しそうでも悔しそうでもない顔をしていた。
「来はいいそうです」と澄。
「注文は?」フキが聞いた。
「まだ分からない。ほかの町にも見本を頼んでいる。うちがした値ではいと言われました」
「いくらなら買うって」
澄は提示された価格を言った。百円の賃を払えば、糸代と運賃を引いた織元の取り分はわずかだった。
沢が続けた。
「ただし、今のの裏よりはましです。まとめて引き受けられれば、先の見通しがつ」
「まとめてって、何反ですか」と園子。
「来までに反」
女たちは顔を見わせた。反の見本とは違う。反を引き受ければ、の仕事も子の世話もその期限に縛られる。
ヨシはをいた。
「受けるかどうかは、女たちが決める。沢さんが勝に返事をするに」
沢の顔が瞬くなった。だが澄が隣で頷いた。
夜の帰り、ミネがヨシと並んで歩いた。
「私、見本を織ったの初めてだった。あんなふうに褒められたこと、ない」
「問は褒めても、く買うよ」
「うん。でも、自分でになったのは分かる」
ミネは笑った。若い顔の笑い方を見て、ヨシはのでつ決めた。この子がい値でもいいから織りたいと言っても、止めろとは言わない。止めるか続けるか、自分で決められるだけの数字を渡さなければならない。
帰宅すると苗が、信夫の学の連絡帳を見せた。咳が治まってきたので、来週からいずつ登させるという。ヨシはその字を何度も読んだ。
「糸巻きも伝わなくていい」と苗が言った。
「私のほうが伝ってもらってたんだね」
苗は返事をせず、信夫の着替えを縫った。針先が布を抜けるさな音が、部にく続いた。
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