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"車椅子の妻を離島に置き去り――船上の夫が見たもの" 第18話

謝罪の値段

夫の代理から返事が来たのは、を送って週だった。啓介は島への旅について「配慮を欠いた」と認めたが、「妻を危険にさらす図はなかった」と主張していた。さらに、私が賠償の部を貸せば、夫婦関係を修復する余があるといている。私は読み終えて、を静かに机へ置いた。謝罪の文章のに、まだの求が残っていた。

「これは修復の条件ではなく、取引ですね」。私が言うと、枝先は頷いた。「あなたが応じる必はありません」。私は夫の求を断り、婚へ向けた協議をめると伝えた。話しいの窓は代理に限り、私の居所はらせない。必な荷物の引き取りも業者を通じて済ませた。夫と直接会わずに続きをめられることが、何よりだった。

そのころ、岡企画の事業は資繰りがき詰まっていた。岡から私への請求は取りげられたが、啓介個の借が消えたわけではない。夫は自分のを売り、返済の部に充てることにしたという。私はそのらせを聞いても、胸がすくような気持ちにはならなかった。自分の判断で作った借を、自分で返す。当たりのことがようやく始まっただけだった。

方、警察の調べは続いていた。私は追加の事聴取で、夫が私の話と財布を持ちったこと、島で分の切符を使って帰ったこと、帰宅も姉へ虚偽の説を送っていたことを確認した。

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会社の記録や島田さんの証言、夫と岡のメールも、必な続きに沿って確認されていた。担当者は処分の見通しを断定しなかったが、私は結果がどうなっても自分の活をて直すと決めていた。

姉ので過ごすうちに、私は常の細かな決定を取り戻した。朝、何に起きるか。通院の帰りに本へ寄るか。夕に何を作るか。以は夫の帰宅刻や嫌を先に考えていたが、今は自分の体調と予定を見て決められる。さな選択をねるたびに、夫の言葉で縮んでいた世界がしずつ広がった。

私は宅相談の窓へき、子で暮らせる部を探し始めた。賠償があるからといって、無計画に使えるわけではない。将来の介助費用や医療費、働けるが減る能性を考え、毎の支を試算した。経理の仕事をしていたときのように、表計算の画面へ数字を入れる。夫は私に「じゃにもけない」と言ったが、今の私は自分の活費を自分で計算していた。

数週、啓介から枝先へ度目の文が届いた。そこには初めて「島へ置いていったのは違いだった」とかれていた。けれど同じ文で、夫は私がてるようになったことを隠していたと繰り返した。私はその文を見て、彼がまだ自分の為のを理解していないとじた。

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私がてたかどうかは、置きりにした理由にはならない。

私は返答をつだけ伝えた。「歩けるようになっていたとしても、あなたがしたことは変わりません」。枝先はその言葉を正式な面にまとめてくれた。私は謝罪を受け入れるかどうかを今決める必はないとも伝えた。許すことと、活を共にすることは別の問題だ。夫の悔を待って自分のを止めるつもりはなかった。

ある夕方、姉がから帰ってくると、さな鉢植えを私の机に置いた。いがつ咲いている。「でし傷がついて売れなくなったの。でも、ちゃんと育つから」。私はそのを窓辺へ運び、の当たる位置を確かめた。傷があるから価値がなくなるわけではない。そのことを姉は説せず、ただやりの方法を教えてくれた。

私はの横に、次のまいの取り図を広げた。玄関から台所まで段差がなく、子でも窓をけられる部だった。自分の暮らしを選ぶための図面を、私は初めて楽しみながら眺めていた。

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